二度目の朝食とレイの初作品
「ただいま戻りました! ああ、本当だ! たくさん準備してくれてある!」
久し振りの本部の休憩室へ戻ってきたレイは、用意されていたワゴンに並べられた様々な料理を見て笑顔になる。
「じゃあ、とにかく先に食っちまおう。二人が起きてきたら大変だからな」
もちろん、ティミーとジャスミンの所には連絡が入っているので、周りの執事や従卒達がまだ眠っている二人をしっかりと見張ってくれている。
それぞれ山盛りに取り分けた料理の数々を前に、まずは全員揃ってしっかり食前のお祈りをしてから食べ始めた。
「ああ、肉が柔らかい! 塩味しかしない硬い燻製肉じゃあない!」
「パンもふわふわだね。硬いパンも別に嫌いじゃあないけど、やっぱり出来れば柔らかいパンが食べたいよなあ」
若干涙目になりながらのしみじみとしたロベリオとユージンの呟きに、隣に座ったルークは呆れ顔だ。
「そこまで感激するか? ああそうか。お前ら二人は粗食の生活なんて、この降誕祭の時くらいしか経験しないからなあ。だからそんなに柔らかい肉やパンに感激するのか。俺は、硬いパンや質素なスープも、塩味しかしない燻製肉も、懐かしいなと思いながら食べていたけどなあ」
「僕もそうだね。どちらかというと神殿で初めて食べた食事が美味しくて感動したくらいだから、僕としてはあの食事でも充分すぎるくらいに贅沢だと思うけどね」
笑ったタドラの言葉に、ロベリオとユージンだけでなくルークやレイも真顔になる。
幼い頃、両親から虐待されて地下室に監禁されていたタドラにしてみれば、普段の食事にパンとスープだけでなく、燻製肉や果物があるだけでも充分だと思っている。
「確かにそうだなあ。贅沢になんでも食べられる今の環境に感謝しないとな」
「そうだね。感謝してしっかりいただこう」
ロベリオとユージンも笑ってそう言い、レバーフライを二枚重ねにしてパンに挟んだのだった。
レイも、負けじと緑の跳ね馬亭特製のハーブレバーペーストを半分に割ったパンに分厚く塗ってから、こちらも二枚重ねにしたレバーフライに半分に切った茹で卵まで挟み、大きな口を開けて食べ始めた。
「美味しいね」
隣で同じようにハーブレバーペーストをたっぷり塗ったパンにレバーフライを挟んで食べていたタドラが、目を細めて嬉しそうにそう言って笑う。
「うん、本当に美味しいね!」
満面の笑みのレイの言葉に、皆も揃って笑顔で頷いたのだった。
「はあ、ご馳走様でした。おかげでお腹一杯になりました」
食後に用意されていたカナエ草のお茶を飲みながら小さなため息を吐いたレイは、改めて休憩室に飾られた大きなツリーを見た。
「じゃあ、先に部屋へ行って取ってきますね」
そう言って、残りのカナエ草のお茶をゆっくりと飲み干したレイが立ち上がるのを、振り返ったラスティが驚いたように目を見開いて見ている。
「どうなさいましたか? 何かお部屋にお忘れ物でしょうか?」
側へ来て心配そうな口調でそう尋ねられて、レイは笑って顔の前で手を振る。
「違うよ。えっと、少し前に刺繍の花束倶楽部の体験会に行った時に作っていた刺繍の飾りが出来上がったの。あれってツリーの飾りなんだってさ。それで、ちょっと遅れちゃったけど、今からでもここのツリーの端っこにでも飾ってもらおうと思って。ちょっと部屋へ行って取ってきますね」
「ああ、少し前にお作りになられていた刺繍の飾りですね」
納得したラスティの言葉に笑顔で頷き、剣置き場から自分の剣を取って手早く装着したレイは、自分を見ている皆に笑顔で手を振ってから足早に休憩室を出て行った。
「相変わらず元気だねえ」
笑ったルークの呟きに、皆も苦笑いしつつ同意するように頷いていたのだった。
「おや、レイルズ様。こんな時間にいかがなさいましたか?」
早足で兵舎の自分の部屋のある階まで駆け上がったレイは、息も切らさずに廊下を歩いて自分の部屋に駆け込んで行った。
ちょうど畳んだリネンの束を運んでいた執事の一人が、突然戻ってきた部屋の主人に驚いて声をかける。
「ああ、お仕事ご苦労様です。えっと、ちょっと物を取りに来ただけだから、すぐに戻ります。気にせずお仕事してくださいね」
笑ってそう言うと、部屋の扉は開けたまま自分の机に駆け寄り、引き出しから小さな袋を取り出した。
この真っ白な絹の袋は、ミレー婦人から貰った刺繍道具の中に入っていた布から作ったもので、ニコスのシルフ達に作り方を一から教えてもらって全部レイが作ったものだ。
「えっと、これを取りに来ただけです。それじゃあ戻ります。お仕事の邪魔してごめんね」
あっという間に出ていくレイを一礼して見送った執事は、階段を駆け降りていく足音を聞きながら小さく笑った。
「ご自分の部屋へお戻りになるのに、我らにあれほどお気遣いくださるお方も珍しいですね。本当に有り難い事です」
嬉しそうにそう呟いた執事は、手にしたままだったリネンの束を洗面所横の戸棚の中へ、慣れた仕草で手早く積み上げていったのだった。
「戻りました!」
本当にすぐに戻ってきたレイを見て、まだカナエ草のお茶を飲んでいたルーク達が振り返って揃って吹き出す。
「おお、凄い。本当にすぐ戻ってきたな」
「ラスティが、吊る場所を開けてくれたよ。ほら、ラピスの飾りの隣」
笑ってカナエ草のお茶を飲み干したルークの呟きに、同じくお茶を飲んでから立ち上がったタドラが、ツリーの横に立ってある部分を指差しながら手招きしてくれる。
笑顔でツリーに駆け寄ったレイが、手にしていた袋を皆に見せる。
「ほら、ちょっと歪んじゃったけど、初作品にしては上出来でしょう?」
得意げにそう言って絹の袋から取り出したのは、ティミーの拳くらいしかない小さな楕円形のやや平たくなった玉で、中には綿がしっかりと詰められている。やや平たい玉の片面には。丸盾を表す縁の中に横を向いた竜が大きく翼を広げている。
刺繍の竜の部分は濃淡のある青一色で、丸盾はこれも濃淡のある灰色一色で刺してあり、遠目に見ると丸盾の部分は銀色のようにも見える。
玉の上部には真っ赤なリボンが輪っかになって取り付けられていて、根本の部分は綺麗な蝶々結びになって、左右に長いリボンが垂れ下がっている。
「へえ、これが初めての作品だって?」
「ううん、器用なもんだなあ。へえ、うわあ、凄い! これ全部ばつ印になってる」
同じく立ち上がって来てレイの手元を左右から覗き込んだロベリオとユージンが、揃って感心したようにそう呟く。
「へえ、これは確かに上手に出来ているなあ。初心者が作ったとは思えないぞ。大したもんだ」
興味津々で立ち上がって見にきたルークも、レイの作った初作品に感心しきりだ。
「えっと、この紐を取り付けてあるから、これをツリーの枝に通してっと。はい出来上がり!」
言われた枝先にリボンを通し、竜の紋章が見えるように玉の向きを調整する。
それを見てブルーの使いのシルフがふわりと飛んできて、玉の上部に結ばれた真っ赤なリボンのすぐ横に来る。
嬉しそうなレイに笑顔で頷いたブルーの使いのシルフは、クロスステッチの青い竜の紋章にそっとキスを贈ったのだった。




