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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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1943/2491

タガルノの森の中で

「いよいよ降誕祭だな」

「今年は、タガルノの子供達のところにも一つでも多く降誕祭の贈り物が届くといいな」

 タガルノの郊外の村で作られた今年の濁り酒を飲みながらのガイの呟きに、周りにいた黒衣の男達が笑顔で頷く。

 そして顔を見合わせて笑い合うと、互いの盃に手にしていたお酒を注ぎ合い乾杯する。

「精霊王に感謝と祝福を」

「精霊王に感謝と祝福を」

 ゆっくりとそれぞれの酒を飲み干し、揃って満足そうなため息を吐く。

「うん、久しぶりに飲んだがやはり美味いなあ」

「全くだ。この酒をまたこうして皆で飲める日が来るなんてな」

 バザルトのしみじみとした呟きに、ガイも苦笑いしつつ大きく頷く。

「本当にそうだよな。愚王様に乾杯だ!」

「それから、勤勉な摂政様にも乾杯だ!」

 笑ったガイとバザルトの言葉に、何人もが笑いながらグラスを掲げて乾杯する。

 楽しそうな彼らを見て集まってきたシルフ達も、彼らと一緒に乾杯する振りをして手を叩き合って遊んでいたのだった。



 竜人のパルテスは、今では正式に摂政の位をいただき、己の欲望と色事しか考えない愚王に代わって全面的に国の運営を任されて忙しい日々を送っている。

 アルカディアの民達からは親しみを込めて密かに、勤勉な摂政様、と呼ばれている。

 ただ、軍部に関しては別の人物が牛耳っている為、パルテスであっても人事には口出し出来ない状況になっているが、軍を出動させる際には、王の命令で将軍と摂政の両方のサインが必要なので、一応ここでもパルテスは安易な軍部の暴走を防ぐ意味で大きな抑止力となり、かなりの役に立っているのだ。



 パルテスが国政を任され一番最初にしたのは、精霊竜の保護と飼育に関しての内密の指示。そして公式には多くの税金の免除と減税の指示だった。

 特に冬の寒さが厳しいタガルノでは、ある程度の食料の備蓄は全ての国民にとっての死活問題だ。備蓄が無ければ、それはすなわち命の危機に直結する。

 それを理解しているパルテスは、まずは何はともあれ国民が食べられるようにする事が必須だと考え、次に農民の保護と様々な種の確保と農民達への直接の配布。そして荒れた農地の再生と郊外の農地に向かない土地への植林を徹底的に指示していったのだ。

 そして、勝手に自領の税を上げようとする貴族達にはまた別の政策を行い、自領の農民を保護したり農地開拓を進めた貴族達には、農地の広さに応じて褒賞を出すなど、次々に指示して何とか過剰な税金を上げさせるのを止める事に成功したのだった。

 一頭だけとはいえ大地の竜を国内へ戻せた効果は絶大で、今まで水が枯れて放棄されていた農地へ水路を新たに作っては水を引き込み、新たに人を集めて開墾させ、多くの農地をこの一年で復活させたのだった。

 そのおかげもあって、今年は近年稀に見る豊作となり、辺境の村であってもそれなりに食料の備蓄が出来るようになったのだ。

 今、彼らが飲んでいるお酒も久しく作られていなかった雑穀から作る簡単な発酵酒で、(おり)のある濁り酒と呼ばれるお酒だ。これは地域ごとに味が異なり、多くの農民達が自前で作って飲む、いわばタガルノの地酒とも呼べるお酒なのだ。

 今飲んでいるのは、パルテスが治める土地で今年作られた濁り酒だが、これとは別に麦を使った蒸留酒や葡萄酒も今年は久しぶりに多くの地で仕込みが行われていて、皆、飲めるのを楽しみにしている。



「それにしても、愚王が立ったおかげで国が豊かになるって、なんとも皮肉なもんだなあ」

 笑ったバザルトの呟きに、おかわりの濁り酒を自分のグラスに注いだガイが笑って頷く。

「確かにそうだよなあ。まあ、おかげで今年の降誕祭は、平和に過ごせそうで何よりだよ。なあ、キーゼル」

 そう言って見上げたそこには、巨大なオークの木が聳え立っている。

 それは闇の使いとの戦いで、タガルノの城の地下に巣食う闇の根源の一部を見事に確保してみせ、更には時の繭を閉じてそれを永遠に封じたキーゼルの今の姿だ。

 そしてすっかり森の一部となった今では、何羽もの黒フクロウ達が木のウロに住み着き子育てを行なっていて、今年の夏、キーゼルの木はなかなかに賑やか事になっていたのだ。

 今はもう雛鳥達も皆巣立ち、キーゼルの木は雪に覆われた森の一部となって静かに佇んでいる。

 今年の酒を手にしたガイ達は、キーゼルの木に挨拶するために寒い中をわざわざここまでやって来て、大きな天幕を張っているのだ。



 のんびりと互いの持つ酒を酌み交わしながら呑んでいたその時、突然ガイの目の前に何人ものシルフが現れて並んだ。

 一瞬で全員が黙り、シルフに注目する。

『皆いるようだな』

 前置きも無しにそういったブルーの声をそのまま伝えるシルフに、グラスを置いたガイが座り直して覗き込む。

「おう、何かあったか?」

『黒き精霊が現れた』

 短いその言葉に、ほぼ同時に全員が立ち上がる。

「何処だ。被害は?」

 一人座ったままのガイの冷静な声に、あちこちから息を飲む音がする。

『オルダムの街の女神の神殿の倉庫だ』

『被害に遭った見習い巫女が素直に光の精霊の助けを求めてくれた為』

『大事には至らなかった』

『ただし、犯人は分からずじまいだ』

『支配の糸は切れている為追跡は不可能』

 嫌そうなブルーの言葉に、無言のまま真顔で頷くガイ。

「了解だ。何か助けが必要か?」

『いや、それは心配無い』

『こちらの竜達の手も借りて、とにかく徹底的な浄化作業を行なった』

『次があればその時は必ず捕まえる』

『当分は念の為にウィスプ達に定期的に街の見回りをさせる事にした』

『この時期は、光の精霊達が力を増す時期ではあるが』

『それと同時に、闇の気配も力を増す時期でもある』

『其方達も充分気をつけるようにな』

『そう思って念の為の報告だよ』

「忠告感謝するよ。了解だ。闇の冥王を信仰している貴族達の周りに配置している監視の為の精霊を、普段よりも多めにするとしよう」

『ああ、そうするといい。ではな』

「おう、ありがとうな。また何かあったらいつでも言ってくれ」

 くるりと回って消えていくシルフ達を見送ったガイは、全員が消えたのを確認してから大きなため息を吐いた。

「一歩間違えれば、降誕祭の悪夢再びになるところだったのかよ。全く、冗談じゃないぜ。なんでタガルノよりもファンラーゼンの方が闇の気配が多いんだよってな!」

 投げやりなガイの言葉に、あちこちから苦笑いする声が聞こえてきた。

「でもまあ、未遂に終わったんだからとりあえずは良しとしよう。後始末は蒼竜がやってくれるみたいだしな。って事で、小さな勇者殿に乾杯だ! 機会があれば、その四大精霊全てと光の精霊魔法に高い適性を持つっていうその子を、見に行ってみたいものだな」

「それはまあ、こっちの色々が片付けてからだな」

 笑ったバザルトの言葉に、ガイが嫌そうな声を上げて上を向く。

「はあ、頼むから今年も平穏無事な降誕祭であってくれ〜〜」

 投げやりなその言葉に、またあちこちから笑う声が聞こえたのだった。

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