報告と相談と今後の対応について
「一体何事ですか?」
その日、降誕祭の準備に忙しくしていた第四部隊のダスティン少佐は、急遽呼び出されて駆け込んだ精霊通信の部屋に入るなり、目の前に一斉に並んだシルフ達に向かってそう尋ねた。
『緊急事態です』
『黒き精霊が現れました!』
前置きもなく告げられた焦ったようなその言葉に、ダスティン少佐の顔が一気に引き締まる。
「何処だ? 被害は?」
短いその質問に、ユニーと名乗ったその僧侶の使いのシルフは、街の女神の神殿で起こった事件の一部始終を早口で説明した。
そして、とりあえず大事には至らなかった事を告げられ、揃って安堵のため息を吐いたのだった。
「この時期は、闇の勢力も力を増す時期でもある。だがまさか、このオルダムの街の中でそのような事が起きるとは……そのペリエルという見習い巫女は今どうしていますか?」
腕を組んだジャスティン少佐の言葉に、並んだ伝言のシルフ達が次々に口を開く。
『あの黒い精霊の正体を聞いて』
『相当怯えているようですので』
『念の為今日のところは神殿での務めは休ませて』
『私が側についてしばらく様子を見る事に致しました』
「それがいいでしょうね。後ほど浄化処置の出来る者をそちらへ寄越しますので、それまでは彼女から目を離さぬようお願いします。何かあれば、たとえ深夜であっても遠慮なくシルフを寄越してください」
『かしこまりました』
『では浄化の手配をよろしくお願いします』
一礼して次々に消えていくシルフ達を見送ったダスティン少佐は、急いで光の精霊魔法を使える竜人の兵士を場の浄化の為に街の女神の神殿へ寄越す手配をした。
それが終わると大急ぎで竜騎士隊のマイリーに連絡を取り、ユニー僧侶から聞いた内容を報告したのだった。
第四部隊のダスティン少佐から緊急連絡を受け、夕の祈りに立ち会っていたマイリーはそのまま席を外し、まさかの事態に別室を借りて各所との連絡に追われた。
「大丈夫ですか?」
戻って来ないマイリーを心配して、ルークが様子を見にくる。
「降誕祭の悪夢が再来するところだったらしい。ペリエルの素直さに救われたな」
隣に座って驚きに目を見開くルークに、女神の神殿で何があったのかをマイリーが簡潔に説明してくれた。
「そ、それは……よく、その場で光の精霊を呼んでくれましたね……」
「全くだ。降誕祭前で女神の神殿にも参拝者は大勢いただろう。ペリエルが、父親恋しさのあまり迂闊にその幻影の手を取っていたら、その後に何が起こっていたかを考えると……気が遠くなるよ」
「街の女神の神殿ですか……間違いなく手引きしたものがいますね」
「ああ、そっちはラピスがやってくれるそうだが、もう支配の糸は切れているらしいから、あまり期待はするなと言われたぞ」
頷いてため息を吐くマイリーの言葉に、一瞬何か言いかけたルークも納得したように頷いた。
「ああ、確か闇の精霊の張った結界は、ラピスでも中を覗けないって言っていた、あれですか」
「うむ。今のところ万一そのような結界が発見されれば、結界ごと光の精霊で取り囲んで、結界が解けた瞬間に中にいるもの達を全員確保する事にしているそうだ。まあ、そうすれば少なくとも闇の結界を張った者は確保出来るだろうさ」
「そっちは、ラピスの捜索の結果待ちですね。しばらく静かだったので、もう諦めたのかと思っていましたよ。まさか降誕祭の期間内に事を起こしてくるとはねえ」
「確かにそうだな。まあ、せいぜい気を引き締めてかかるとしよう」
「ですね。まあ、何はともあれ未然に防げて良かったですね」
ため息を吐いたルークの呟きに、同じ事を思っていたマイリーもため息を吐きつつ頷く。
「こうなると、ペリエルを街の神殿に置いておくのは良くないかもしれんな。城の女神の分所の方が結界は強固だ。ふむ、早めにこっちへ来させるように手配するか」
「ああ、それならニーカとジャスミンが年が明けたら本部へ引っ越して来るのだから、それに合わせてペリエルをこっちへ来させて、クラウディアと同室になるように手配してあげればいいのでは? 貴重な光の精霊魔法が使える者同士、同室にする理由になるでしょう?」
「ああ、確かにそれはいい考えだな。フォーレイド神官殿に相談しておこう」
ルークの言葉に、マイリーも頷く。
「それならユニー僧侶も一緒にこっちへ来させるべきだな。ふむ、ちょっと根回しをしておくか」
腕を組んで何やら考えていたマイリーの呟きを聞きながら、ルークがおもしろそうに横目でマイリーを見る。
「いやあ、マイリーも丸くなったもんだねえ。マイリーの口から根回しなんて言葉が聞ける日が来ようとは」
からかうようなルークの呟きを、マイリーは鼻で笑った。
「別に丸くなったつもりはないよ。必要とあらば何処とでも喧嘩するが、あえて無駄に怒らせる必要もあるまい? 後で面倒が増えるだけだからな」
「それが丸くなったって言うんですよ〜〜」
吹き出したルークの言葉に、もう一度鼻で笑ったマイリーはゆっくりと立ち上がった。
「もうこっちのする事は終わりだ。戻るぞ」
「へ〜〜い」
苦笑いしたルークも気の抜けた返事をして立ち上がり、マイリーが扉を開く。
何かが割れる軽い音がして二人が部屋から出ていくと、灯されたままだったランプの火が一斉に消えたのだった。




