光の精霊達とブルーの仕事
「初めまして、貴方は何の精霊なの?」
初めて見る、真っ黒な人の形をした謎の精霊に無防備に話しかけるペリエル。
『会いたい人がいるのだろう?』
謎の精霊は、彼女の質問には答えず、妙に優しい声でそう話しかけてきた。
「そ、そりゃあ……父さんには会いたいよ。だけど……」
死んだ人にはもう二度と会えない。いくら彼女が幼くても、それくらいは分かる。
『だけど?』
また妙に優しい声でそう言った謎の精霊は、右手を軽く振った。
「父さん……」
ペリエルの目の前に、懐かしい父さんが突然現れたのだ。そして、にっこり笑って自分に向かって両手を広げる。
口を開けてポカンとその姿を呆然と見上げていたペリエルは、唾を飲み込んでグッと口を引き締めた。
「光の精霊さん出てきてください!」
口を開いた彼女は、自分の右手の中指にある親指の爪くらいのオパールの指輪に向かってそう話しかけた。
一人の光の精霊が指輪から現れた次の瞬間、数えきれないくらいの光の精霊達が現れて彼女を守るように周囲を取り囲んだ。
『き……貴様何を!』
焦ったような謎の精霊の叫ぶ声と、光の精霊達が一斉に手を叩くのはほぼ同時だった。
何かが割れるような音の直後、扉を叩く大きな音が唐突に聞こえてペリエルは飛び上がった。
「ペリエル! 大丈夫なの!」
石の付いたミスリルの短い杖を手に、蹴破らんばかりの勢いで扉を開いて駆け込んできたのは、精霊魔法使いでもあるユニー僧侶だ。
彼女はこの秋にバークホルトの女神の神殿からオルダムへやって来た正二位の僧侶で、光と土の精霊魔法こそ使えないが、火と風そして水の精霊魔法を上位まで使える貴重な人物なのだ。
実はマイリーが、ペリエルの為に彼女の精霊魔法の先生役として手配した人物でもある。
勉強が苦手なペリエルに、いつも優しく精霊達との接し方や精霊魔法の基礎を教えてくれる。精霊魔法初心者で、ありとあらゆる事を勉強中のペリエルにとっては、神殿での先生のような存在で、彼女は尊敬の意味を込めてユニー先生と呼んでいる。
いつも笑みを絶やさず優しいそのユニー僧侶だが、今の彼女は別人のような厳しい表情で、杖を掲げたまま睨みつけるように倉庫を見回している。
「ユニー先生、あの……?」
「何があったのですか! シルフ達が血相を変えて私を呼びにきましたよ」
杖を構えたままのユニー僧侶の質問に、ペリエルは無言で自分の膝を見た。
そこにはもう、さっきの真っ黒な謎の精霊はいない。
「あれ、いなくなっちゃった……」
そして顔を上げて、さっきまで父さんがいた場所を見る。
もちろんそこにはもう誰もおらず、代わりに光の精霊達が大勢集まって心配そうにペリエルを見ていた。
ここでようやく、彼女の目に涙があふれてポロポロと柔らかな頬を転がり落ちていく。
「う、うえ〜〜〜〜〜ん」
声をあげて号泣するペリエルを見て、慌てたように杖を納めたユニー僧侶が駆け寄ってきて彼女をそっと抱きしめてくれた。
「もう大丈夫ですよ。精霊達が貴女を守ってくれました。ちゃんとお礼を言わないとね」
優しい声でそう言い、手拭き布で彼女の涙をそっと拭ってくれた。
まだ涙で潤んだ目でしゃくりあげつつも頭上を見ると、集まってきた光の精霊達とシルフ達が、揃って笑顔で彼女に向かって手を振ってくれている。
「た、助けてくれてありがとうね」
ようやく笑ったペリエルも、そう言って手を振り返した。
「それで、一体何があったのですか?」
ユニー僧侶に連れられて別室へ移動したペリエルは、真顔のユニー僧侶にそう尋ねられて先ほどの謎の精霊と父さんの姿が見えた話をした。そして光の精霊に助けを求めた事も。
それを聞いたユニー僧侶は、血相を変えて慌てたようにシルフを呼んで何処かへ連絡をしていた。
実は以前、テシオスとバルドが引き起こしたあの降誕祭の悪夢と呼ばれている事件のあと、取り調べの際に二人がそれぞれ一番最初の時に、一度だけ真っ黒な見た事のない精霊を見た。との証言をしている。
少なくとも人の姿をしている真っ黒な精霊など、どの文献にも載っていないし精霊使い達は誰も見た事がない。
だがそれが明らかに闇の勢力に関わる精霊であろうとの予想はつく事から、今では真っ黒な人の姿をした精霊を見た場合は、必ず第四部隊、または精霊魔法訓練所へ通報するように各地へ通達されている。
ペリエルは、まだその事を知らなかったが、別の意味で彼女は警戒して光の精霊を呼んだのだ。
だって、間違いなく死んで精霊王の元へ旅立ったはずの父さんの姿が見えるなんて、どう考えてもおかしい。
確かに彼女は父さんに会いたかったけれども、それが決して叶わぬ夢である事を、決して叶えてはいけない夢である事を幼いながらに彼女はちゃんと理解していたのだ
実は精霊魔法訓練所へ通うようになった直後、マイリー様とルーク様が二人揃って神殿まで来てくださり、今彼女が身につけている精霊の指輪をプレゼントしてくださったのだ。
その時に、精霊魔法使いにとっての指輪の大切さも教えてもらった。
透明な中に夕陽のような炎が見える不思議な色をしたその綺麗な石は、故郷であるクームス産の、炎の名を冠するオパールなのだと教えてもらった。
そしてそのオパールの中には、ルーク様が貸してくださった光の精霊が入っている。
もしも何か、怖い事やよく分からない事が起こった時には、この光の精霊に助けを求めるといいと教えてもらった。
今回は、ある意味素直に光の精霊に助けを求めたおかげで、謎の精霊から彼女を助ける事が出来たのだ。
『ふむ、小さな勇者のおかげで、今回はなんとか未然に防ぐ事が出来たようだな。皆、ご苦労だった』
部屋の窓に座ったブルーの使いのシルフの言葉に、周りにいた光の精霊達が一斉に頷く。
『しかし、あの闇の結界は困りものだな。存在は把握出来ても、中で何をされているのか全く見えぬ。ふむ、どうしたもんかな』
腕を組んだブルーのシルフが苦い声でそう呟く。
たとえ最強の古竜であろうとも、出来ない事もある。その一つが、闇の精霊が張る結界の存在だ。
明らかにそこに闇の気配のある結界があるというのは分かる。
なので、あのテシオス達の事件以降、万一にも闇の結界の存在が確認されれば必ず知らせるようにシルフ達に伝えているが、実際にその場に駆けつけてもその中を見る事は出来ない。
通常のシルフが張る結界ならば、誰が張ろうともブルーには容易に中を見る事が出来る。
だが闇の精霊が張る結界は、シルフの張るそれとは全く別の闇の力により作られたものなので、光の属性である精霊竜にとっても入れない存在となっているのだ。入るには、先ほどのように中から呼んでもらう以外にはない。
『まあ、入れぬものは仕方があるまい。とにかく一つ、闇の芽を潰せたという事でよしとするか』
ため息を吐いたブルーのシルフは、そう呟いてくるりと回って消えていった。
残された光の精霊達は、ペリエルの周りに集まり、まだ怯える彼女を慰めるように、先を争うようにしてその頬に何度もキスを贈ったのだった。




