至福の時
「ああ、なんて綺麗なんだろう……」
竪琴の演奏が休みの間、レイはすぐ目の前でゆっくりと舞うクラウディアの姿をただただうっとりと見つめていたのだった。
右手にミスリルのハンドベルを持ち、一定のリズムで軽く打ち鳴らしながら腰を落としてゆっくりとゆっくりと舞う巫女達。
裾の長い豪華な衣装と相まって、薄暗い礼拝堂の祭壇の前で無数の蝋燭の灯りに照らされて静かにゆっくりと舞う彼女達のその姿はとても美しい。
もちろん、レイだけでなく参列している人達も、目の前で繰り広げられる巫女達の美しくも静かな舞に陶然と見惚れていたのだった。
『ほらご主人』
『もうすぐ竪琴の演奏をする箇所だよ』
『間違わないようにね』
ニコスのシルフ達が笑いながら弦の横に立って演奏の開始を教えてくれる。
割と本気で忘れかけていたレイは、慌てて背筋を伸ばして何事もなかったかのように演奏を再開したのだった。
最後に、四人がぴたりと動きを止め同時にミスリルのハンドベルを一度だけ大きく打ち鳴らして奉納の舞が終わる。
しばしの沈黙の後、一斉に大きな拍手が沸き起こり、巫女達は少し恥ずかしそうに笑顔で深々と一礼して下がっていった。
「いやあ、見事な舞だったな」
「確かに見事だったな。クラウディアも堂々としていた。まだ若いのに大したもんだ」
カウリの呟きに、ルークも感心したように頷いている。
「年配の舞い手の方々の慣れた舞も見事だが、今の若い子達も負けてはいないね。確かに、素晴らしい見事な舞だったね」
今回はヴィオラを演奏していたアルス皇子も、笑顔でそう言って笑っている。
満面の笑みで頷いたレイは、彼女達が下がっていった自分達がいるのとは反対側の出入り口を見つめていたのだった。
「はあ、緊張したわ」
「なんとか無事に、大きな失敗もなく終われたわね」
控え室に戻るなり大きなため息を吐いたエルザの呟きに、ペトラも苦笑いしつつ頷き自分の隣にいるエミューを振り返った。
「私、二回ほど躓きかけたわ。まだ胸がドキドキしている」
胸を押さえたエミューの言葉に、エルザとペトラが小さく吹き出す。
「本当にどうなることかと一瞬慌てたけど、なんとか上手く誤魔化せたわね」
「そうそう、失敗を咄嗟にうまく誤魔化せるようになれば一人前ね」
からかうような二人の言葉に、顔を覆って小さな悲鳴をあげるエミュー。それを見て小さく吹き出す二人。
顔を見合わせてもう一度笑った彼女達だったが、不意に無言になって揃って振り返った。
「ねえ、ディア。どうしたの?」
部屋に戻ったきり一言も喋らないクラウディアに気づいた三人が、困ったように顔を見合わせて揃ってそう尋ねる。
「だ、大丈夫です……」
部屋に入ってすぐのところで立ち止まったまま消え入るような小さな声でそう答えるクラウディアを見て、三人が慌てたように駆け寄る。
三人は、クラウディアが緊張のあまり気分が悪くなったと思ったのだ。
「いいから座りなさい!」
「ほら、帯を解いて楽にしなさい!」
「ほらお水よ、こぼさないようにね!」
エルザとペトラがクラウディアの左右から手を伸ばしてとにかく彼女の帯を解いて楽にしてやり、机の上に置いてあった水差しから、エミューがグラスに水を注いて渡してくれる。
「ほら、椅子よ。いいから座って飲みなさい」
「あ、ありがとうございます。あの……本当に大丈夫ですから……」
グラスを受け取りながら用意された椅子に座ったクラウディアの小さな声に、全く信用していない三人が揃ってクラウディアの顔を心配そうに覗き込む。
しかし、その直後に三人同時に思い切り吹き出してしまった。
何しろ、俯いたまま顔を上げないクラウディアは、指先から耳の先まで見える所は全部真っ赤になっていたのだから。
吹き出して膝から崩れ落ちる三人を見て、クラウディアは空になったグラスを持ったまま顔を覆って膝に突っ伏してしまった。
「そりゃあ、あれだけ熱い視線を送られたら、ねえ!」
「本当よね! レイルズ様。目がキラキラになっていたものね!」
「もう、レイルズ様は誰かさんの事しか眼中にない! って感じだったわよね!」
「いいなあ〜〜」
「愛されてるわよね〜〜!」
手を取り合って大はしゃぎしながら笑う三人の言葉に、情けない悲鳴を上げたクラウディアだった。
そしてまるで子供のようにクラウディアの背中を叩いて大喜びする巫女達の様子を、窓辺に座ったブルーのシルフが愛おしげに目を細めて眺めていたのだった。




