決まり事の意味とこれからの事
「まあ、そんなところかな。基本的には特別新しい事はないと思うから、一緒にいる他の奴らのやり方を見て覚えるように。何か困った事があれば、遠慮なくシルフを飛ばしてくれていいからな。裏方なら遠慮なく聞けるだろうけど、人目につく場合は、質問は早めにするように」
「分かりました。疑問に思う事があればすぐに聞くようにします」
ルークの言葉に真剣な顔で頷くレイを見て、小さく笑って頷いたルークは広げていた書類を順番に並べ始めた。
午前中いっぱいかけて、それぞれの祭事で竜騎士が果たす役割や、その場の立ち居振る舞いや注意すべき点などについて、一つずつ詳しい説明を聞いていたレイは、追加のメモ書きだらけになった自分の資料を見て大きなため息を吐いた。
「確かに、何か特別新しい事をする訳じゃあないけど……ニーカが言っていた意味がちょっと分かった気がする」
そう言って資料に突っ伏す。
「ん? ニーカが何を言っていたんだ?」
説明のし残しがないかどうかを資料を見ながら確認していたルークが、不思議そうに顔を上げて、机に突っ伏して唸っているレイを見る。
「えっと、以前彼女達も色々と覚える事だらけで大変だって話をした時に、お祈りの際に、蝋燭を右から取るか左から取るかまで決まっている! って言って笑ってたんです。だけどまさか、僕にも同じ事が起こるなんて……」
「あはは、それは俺も初めての年に言った覚えがあるなあ。そんなの右から取ろうが左から取ろうが一緒じゃあないか! ってね」
拳を振り上げるルークの言葉に、顔を上げたレイが思いっきり吹き出しながら何度も頷く。
「そうですよね〜〜! 僕もそう思いま〜す!」
右手を上げて笑っているレイを見て、笑ったルークは腕を伸ばしてレイのふわふわな髪を撫でた。
「その気持ちはよ〜〜く分かるよ。だけどさ、実際に現場へ行けば分かるよ。蝋燭を右から取るか左から取るかにもちゃんと意味があるんだってな」
その言葉に驚いたレイが、不思議そうにルークを見て首を傾げる。
「えっと……?」
「まだ時間はあるな。じゃあちょっと説明してやるよ。例えばこれ。早速今日から毎日ある夕の祈りへの立ち合い」
そう言ったルークが、少し考えて資料の束の横に蜂蜜の瓶を置く。
「まあ、これが祭壇でこの瓶が精霊王の彫像だろ思ってくれ。こっち側が参拝者達が座る椅子で、俺達竜騎士は、最初はこっち側に神官達と一緒に整列している」
精霊王の祭壇を頭の中で思い出したレイは、目の前に置かれた蜂蜜の瓶を見て小さく頷く。
「夕の祈りが始まるのは、午後の四点鐘の鐘の音と同時。鐘が四回鳴ったら、神官達が一斉に鈴を鳴らしてくれるから、それを合図に俺達が一番最初に祭壇へ参って蝋燭を捧げるんだけど、右から進み出てまず横に置いてある木箱から蝋燭を取って祭壇に捧げる。それからいつものように剣を抜いて正式な参拝をする。それが終わったらそのまま左へ下がって参拝者達の方を向いて立ったまま止まる。これは説明しただろう?」
「うん、そう聞いたね。右から参って左へ下がる……あ、そうか。だから右から取るんだね!」
納得したと言わんばかりに手を打ったレイが、少し大きな声でそう言って何度も頷く。
「レイルズ君、正解。当然俺達の後に神官達も順番に参るんだけど、この時も同じように右から進み出て左に下がる。となると当然、並べてある蝋燭は右側、つまり手前側から取るのが自然な形な訳。な、一見面倒臭そうに見える様々な決まり事にも、ちゃんとそうなっている理由があるんだよ」
「じゃあ、こっちの早朝の祈りの時に左側から取るってなっているのは……」
「おう、お前が考えている通りだよ。この時は、左に並んでいるから当然蝋燭は左側から取るわけだ。な、分かっただろう?」
蝋燭をつかむ振りをしたルークの言葉に、レイはうんうんと頷く。
「分かりました。面倒そうに見えてもちゃんと意味があるんだね。頑張ってしっかり覚えないとね」
「おう、まあせいぜい頑張ってくれよな。昼食まで時間があるから、楽器の練習でもしていたらどうだ?」
「そうだね。じゃあ演奏予定になっている曲をおさらいしておきます」
「おう頑張れ。それじゃあ昼食は早めに行くからそのつもりでな」
「分かりました!」
笑顔で大きく頷いたレイは、集めた資料を手に立ち上がった。
資料の束を抱えて部屋を出たルークはそのまま事務所へ向かい、廊下でルークと別れたレイは自分の分の資料を手に、ラスティと一緒に兵舎の部屋に戻った。
まずはもらった資料を片付け、昼食までの時間は竪琴の練習をして過ごした。
取り出した楽譜を確認しながら、一つ一つの音を確かめるようにして真剣な様子で練習するレイの周りでは、呼びもしないのに集まってきたシルフ達が、優しく響くその音にうっとりと聞き惚れていたのだった。
「お疲れさん。説明は終わったのか?」
顔を突き合わせて資料を見ていたマイリーとヴィゴが、ルークが事務所に戻ってきたのに気づいて揃って顔を上げた。
「はい、一応一通りの詳しい説明はしましたから、あとはもう現場で覚えてもらうだけですね」
マイリーの言葉に、席についたルークが苦笑いしながら頷く。
「降誕祭の時期から年越しまで、年中で一番祭事が続く時期だからな。まあ、これが終われば、あとは春までしばらくゆっくり出来るだろうさ」
ヴィゴが小さく笑ってそう言いながら、手にした資料をまとめる。
「ですね。それで春がきたら……いよいよあいつの叙任式だもんなあ。いやあ、一年なんて本当にあっという間だよ」
ため息を吐いたルークの呟きに同じ事を考えていたマイリーとヴィゴも、苦笑いしつつ同意するように何度も頷いていたのだった。




