ジャスミンとニーカ
「ええと、この一番大きな蝋燭は祭壇の左右に設置したルビーの付いた大きな燭台に使う分で、こっちの小さい方の蝋燭は、全部参拝者の方々に使っていただく分……それでこっちが今日からお祈りの際に私達が使う蝋燭で、使う時は大きさごとに分けておいて……」
小さな声でぶつぶつと呟きつつ、ジャスミンは渡された紙を片手にずらりと並んだ木箱に入った蝋燭の仕分けをしている真っ最中だ。
「こっちのお香は正面の祭壇に使う分で、色違いのこっちはエイベル様の祭壇に使う分。それでこっちの……」
隣の列では、同じく手にした紙を見ながらニーカがそれはそれは真剣な様子で真っ白な木箱に入った様々なお香を確認していた。
降誕祭の主だった祭事は、全て精霊王の別所にて行われる。
しかし、それとは別に女神オフィーリアの神殿でも様々な降誕祭の祭事が行われる。
「今年は、ここ女神オフィーリアの神殿の分所での祭事に参加だけど、来年以降は私達も精霊王の神殿の別館での祭事に参加するのよね?」
顔を上げたニーカの言葉に、同じく手を止めて顔を上げたジャスミンが苦笑いしながら頷く。
「一応その予定だけど、来年はどうなるかしらね。ニーカも私もまだ未成年だし、表立って実際の祭事にどこまで立ち会うかは、これから決める部分も多いんだってタドラ様がおっしゃっていたわ」
「そっか。確かにその通りね。改めてこれからもよろしくね」
照れたようにそう言って笑うニーカに、ジャスミンも笑顔で大きく頷く。
「もちろんよ。こちらこそよろしくね。クラウディアは寂しいだろうけど、ニーカが竜騎士隊の本部へ来てくれたら、私は嬉しいわ」
「私は逆に、あんな豪華なお部屋で一人にされたら、落ち着いて眠れるか心配だわ。それに、公爵閣下以外の貴族の方々ともちゃんとお話し出来るかなあ。全然自信ないんだけど、大丈夫かしらね」
大きなため息を吐いたニーカに、ジャスミンも苦笑いしていたのだった。
実を言うと、彼女達が神殿内で担当する様々な役割については、一年を通してもうほぼ全て決まっていて今のところ特に問題は無い。
だが、実はここへきてもう一つ別の大きな問題が出ているのだ。
それが、彼女達の公の場での日常の役割について、だ。
竜騎士達と双璧を成す、神殿内部での役割を主に担当するとして新たに作られた聖職者としての竜司祭という身分。
それ自体は、陛下が公式の場で自ら説明してくれているので何ら問題はないのだが、そうなると竜司祭としての神殿内部での役割以外の部分をどうするか、という問題があるのだ。
つまり、具体的には彼女達の社交会への顔出しについて。
竜騎士達は、当然のように日常的に社交界に顔を出し、様々な立場の人達と顔を合わせて多くの繋がりを作っている。それは、結果として貴族達に竜騎士という彼らの立場を認めさせる事にもなっているのだ。見習いのレイであっても、成人後は正式にお披露目されて以降、慣れないながらも様々な人達と交流して、それなりの役割を果たしている。
しかし、同じような役割を彼女達にやらせるべきかどうかで意見が分かれているのだ。
神殿側としては、当然、彼女達には社交界へ顔出しして、一人でも多くの貴族達との繋がりを持ってもらいたいと期待している。
しかし、竜騎士隊側としては、彼女達の社交界への顔出しについては一貫して最初から反対の立場を取っている。
ジャスミンは、今は正式にボナギル伯爵の養女となっているので公式の身分としては伯爵令嬢となる。なので、仮に社交界に顔出しする事となっても何ら問題は無い。
しかし、ニーカには当然だが実家は無く公式な個人の身分としては単なる孤児だ。今ではディレント公爵が正式な後見人となってくれてはいるが、これはあくまでも後見人であってそれ以上でもそれ以下でもない。
つまり、ディレント公爵家の養女となっているわけではないので、彼女の身分としてはあくまでも元孤児の竜司祭、という事になる。
そして、ニーカの礼儀作法については、今現在まだまだ勉強途中であって公の場に出せるようなものではない。あくまでも身内のお茶会などの場で、無礼にならない程度の礼儀作法でしかない。これは時間をかければある程度は出来るようになるだろうが、社交界での、特に一癖も二癖もある女性達との対応には、礼儀作法とはまた別の能力が求められる。市井出身であるニーカに、それを期待するのは無茶だろう。
竜司祭は全く新たな身分となるので、当然彼女達の立ち居振る舞いの一つ一つが一番最初の前例となる。なので、こう言った対応はかなり慎重にしなければならない。
この問題は、最近のマイリーやタドラ達の頭痛の種になっているのだ。
ジャスミンは、あくまで自分個人の意見です。と前置きをしてタドラにこう伝えている。
「もしも、竜司祭として正式に社交界への顔出しをする事になれば、自分にどこまで出来るかは分からないけれども、喜んでその役目を引き受けさせていただきます。でも、ニーカにはその役割はどう考えても無理だと思います」と。
これに関してはタドラも同意見なのだが、そうなると、ジャスミンとニーカで同じ竜司祭でありながら一人は社交界へ顔を出し、一人は社交会への参加はしない、というチグハグな事態になってしまう。
「色々と難しいわよね。私たちの立ち位置が今後どうなるかは……それこそ、精霊王だけがご存じなんでしょうね」
その辺りの裏事情をかなり詳しくタドラから聞いているジャスミンは、小さなため息を吐いて天井を見上げた。
集まってきていたシルフ達が、彼女の視線に気づいて笑顔で手を振ってくれる。
手を振り返したジャスミンは、もう一度小さなため息を吐いてから蝋燭の新しい箱の蓋を開けた。
「そうね。だけど、どんな形であれ私は自分に与えられる役割を一生懸命果たしていくだけだわ。願わくば、あまり無茶を言われないといいなあ。くらいは思っているけど、それくらいは別に願ったって構わないわよね」
小さく舌を出して笑うニーカの言葉に、ジャスミンも苦笑いしつつ何度も頷いたのだった。




