朝の一幕
『らんらんら〜〜ん』
『ふんふんふ〜〜ん』
『もっぎゅもっぎゅぎゅ〜〜』
『あっちとこっちを』
『ひっぱって〜〜』
『ふわふわ』
『ふわふわ』
『もっぎゅもっぎゅぎゅ〜!』
冬の早朝のまだ薄暗い広い部屋の中では、枕に顔を埋めて熟睡しているレイの周りで、ご機嫌なシルフ達が即興の歌を歌いながらレイの髪の毛で遊んでいる真っ最中だ。
今日のこめかみの三つ編み担当の子達は、すでに出来上がっている極細の見事な三つ編みを自慢げに持ち上げて引っ張っては、三つ編みの先で鞭のようにお互いを叩いて大はしゃぎしている。
「う、ううん……」
その時、レイが小さな唸り声をあげて大きく寝返りを打った。
集まってきていたシルフ達が、慌てたように飛び上がる。
何人かはうっかり下敷きになってしまっていたが、すぐに体の下から平然と抜け出してきて大笑いしている。
『もぎゅもぎゅするの〜〜!』
『もぎゅもぎゅ〜〜』
『ああ〜〜ずるい〜〜!』
『早い者勝ちなの〜〜!』
何人かのシルフ達が、我先にと髪の毛に群がり、そこからまた、せっせと髪の毛を引っ張ったり絡めたりして遊び始める。
遠くで、六点鐘の時を告げる鐘の音が響く。
「ううん……」
眉間に皺を寄せたレイが、もう一度唸り声をあげてからまた寝返りを打って仰向けになった。
今朝は前髪部分を大きく固めてあったので、仰向けになったせいで塊が頭上へ転がってしまい滑らかな額が丸見えになる。
手の空いたシルフ達は、それを見てレイの額に次々にキスを贈り始める。
『そろそろ起こしてやるといい。従卒の彼が起こす準備を始めたようだ』
ブルーの使いのシルフの言葉に、集まってきていた子達が一斉に頷き、額を叩いたり髪を引っ張ったりし始めた。
「ううん、おはよう」
パチリと目を開いたレイは、目の前で自分に手を振るシルフ達に笑いかけ、軽々と腹筋だけで起き上がる。
「ふああ、まだちょっと眠いや」
そう呟きながら、大きなあくびをして腕を伸ばす。
『おはよう。相変わらず吸い込まれそうな大きな欠伸だな』
笑ったブルーのシルフが、そう言いながらレイの頬におはようのキスを贈る。
「おはようブルー、えっと、今日は何をするのかな?」
そう言いながら立ち上がって窓へ行き、カーテンを開いて窓を開ける。
「うわあ、寒い! もうすっかり冬の空になったね」
雨は降ってはいないが、やや曇天の空を見上げてレイがそう呟く。
『しばらく曇り空が続くようだな。深夜に少々雨が降るかもしれぬが、日中は雨は降らぬから安心しなさい』
右肩に座ったブルーの言葉に、笑顔で頷いたレイは窓は閉めてカーテンだけ開けた状態にしてから洗面所へ向かった。
しかし、その途中で前髪をかき上げようとしたところで異変に気づいて慌てて洗面所へ駆け込み、鏡に映った自分の頭を見て情けない悲鳴を上げた。
「ええ、何これ! いつもよりかなり酷い事になってるんだけど、これどうなってるんだよ? ちょっとブルー! 笑ってないで止めてよ!」
ちょうど着替えを手に部屋に入ってきたところだったラスティは、突然聞こえてきたレイの叫びに、堪える間も無く吹き出したのだった。
「あはは、手伝ってくれてありがとうね。なんとか無事に元に戻りました!」
ようやくいつものふわふわな髪に戻ったレイは、こめかみにブルーの鱗ような濃い青色の紐を括ってもらいながら、頭上を見上げて笑顔で手を振った。
「シルフ達も手伝ってくれてありがとうね。だけど、寝癖は程々にしてね」
しかし、手を振り返していたシルフ達は、その言葉に一斉に笑い出した。そして揃って首を振る。
『それは無理〜〜』
『無理無理〜〜』
『主様の髪が大好きだもん』
『だからもぎゅもぎゅするの〜〜』
『もぎゅもぎゅなの〜〜』
『ね〜〜〜!』
「無理だって言われた〜〜〜!」
顔を覆って叫ぶレイを見て、右肩に座っていたブルーのシルフは、遠慮なく大笑いしていたのだった。
「あれ? 今朝は朝練は無しなの?」
部屋に戻ったところで用意されていたのが、いつもの朝練へ行くときに着ている白服ではなく竜騎士見習いの制服なのを見て、驚いたレイがラスティを振り返る。
「はい、本日からしばらく朝練はおやすみしていただきます。今朝はまず、ルーク様から本日からのお勤めに関しての詳しい説明がございますので、しっかり聞いてください。その後にお食事に行っていただきます」
「はあい、まずルークから説明があるんだね」
うんうんと頷くレイを見て、ラスティが苦笑いしている。
「元々の予定では、降誕祭に関するお勤めは休暇前に詳しく説明する予定だったのですが、ルーク様が、多分それだと帰ってきた時に全部忘れていると思うとおっしゃられまして、こんな形での説明になりました」
ラスティの説明に、レイが思い切り吹き出す。
「あはは、ルークひどい! だけど確かに、休暇から帰った時点で全部忘れている自信があるから文句言えないね」
いっそ開き直ったレイの言葉にラスティも吹き出し、顔を見合わせて大笑いしたのだった。
「そっか、降誕祭当日だけじゃあなくて、その前からいろんな祭事があるって聞いた覚えがあるね。頑張って覚えないと」
納得してそう呟きながら寝巻きを豪快に脱ぎ、手早く竜騎士見習いの制服に着替える。
そのままラスティと一緒に別室へ行き、先に来ていたルークからいくつかの資料をもらい、用意してくれたカナエ草のお茶を飲みながら、今日から始まる降誕祭に関する祭事の詳しい説明を聞いたのだった。




