おやすみと空の魚座流星群
『疲れているだろうから』
『ゆっくり休むんだぞ』
『それじゃあおやすみ』
『明日もレイルズに蒼竜様の守りがありますように』
「うん、おやすみなさい。明日もニコスにブルーの守りがありますように」
並んだ何人もの伝言のシルフ達が、手を振りながらニコスの言葉を伝えてくれる。
レイも笑顔で手を振り返しながら、いつものおやすみの挨拶を交わした。
次々に消えていくシルフ達を見送り、最後の一人が消えたところで小さなため息を吐いたレイは、そのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「次にいつ帰れるかなあ……帰ってきたばっかりなのに、もう会いたいし懐かしいや……」
少ししょんぼりとしながら小さな声でそう呟くと、腹筋だけで一気に起き上がって自分の頬を両手で軽く叩いた。
「弱気は駄目! 僕はここで頑張るんだい!」
自分に言い聞かせるように少し強めの口調でそう言ったレイは、そのままベッドから降りて窓へ向かった。
カーテンを開いて窓を開ける。
よく晴れた空には、蒼の森で見たよりもかなり少ない、それでも満天の星が瞬いていたのだった。
「オルダムの街からだって、これだけの星が見えるんだもんね」
いつでも星が見られるように、窓のすぐ横に置かれた戸棚には、数冊の星に関する本と一緒にいつも使っている大きな天体盤が置かれている。
腕を伸ばしてそれを掴んだレイは、綿兎のスリッパを脱いで窓枠に座った。もちろん裸足になった足は窓の外だ。
慌てたように駆け寄ってきて、こっちを見上げながら見張りの兵士達が手を振ってくれる。
レイも笑顔で手を振り返してから、改めて空を見上げた。
しばらく空を眺めたあと、手元に目を落として天体版の日付を合わせようとした。
「ううん、暗くてよく見えないや。えっと、光の精霊さん。少しだけ明かりをください」
ベッドの横に置かれた小さな机に置いたままになっていた母さんのペンダントから、光の精霊達が三人出てきてレイの頭の上と右肩、それからレイの右腕に座った。
右腕に座った子が軽く震えると、小さな光を放った。ほんのりとした優しい光が辺りを照らす。
「ありがとうね。これで見えるようになったよ」
手早く今日の日付けに合わせて見える盤面と実際の空を何度か見比べる。
「双子の兄弟座や空の魚座がもう見えるんだ。そっか、もうすぐに降誕祭なんだもん……見えて当然だよね」
夏とは全く違う、空を彩る冬の星座を確認しながら小さな声でそう呟いてため息を吐く。
「テシオスとバルドはどうしているかなあ……」
遠い辺境の地にいる二人のことを思う。
「いつか、会えるかなあ……」
小さな声でそう呟き、またため息を吐く。
『どうしたレイ、大丈夫か?』
元気のないレイを心配して、現れたブルーのシルフがそう言って柔らかな頬にそっとキスを落とす。
「うん、大丈夫だよ。ただちょっと……寂しいだけ」
ごく小さな声でレイがそう言った直後、ペンダントからあと二人の光の精霊達と同じく古代種のシルフ達が出て来てレイの肩や腕、それから頭の上に並んで座った。
レイの周りでは、呼びもしないのに勝手に集まってきた大勢のシルフ達や光の精霊達、それから窓枠に座ったウィンディーネ達や火蜥蜴達もそれぞれに手を取り合ったり体を揺らしたりして笑いさざめいている。
「皆、いつもありがとうね。改めてこれからもよろしくね」
腕に座って、まだ優しい光を放っている光の精霊をそっと撫でたレイは、もう一度ため息を吐いてから黙って空を見上げた。
「あ! 流れ星! そっか、ちょうど降誕祭の頃だったね。本格的な空の魚座流星群が来るのはもう少し先だけど、そろそろ先ぶれが落ちてくる頃なんだ」
ちょうど降誕祭の頃にやってくる冬の流星群の代表である、空の魚座流星群。
当時はそんな名前すら知らなかったが、あの、テシオスとバルドが起こした降誕祭の悪夢と呼ばれているあの事件の後、レイは泣きながら星空を見上げて流れ星の数を数えていた。
流れ星を数えるうちに不思議と昂っていた気持ちも落ち着き、ようやく眠る事が出来たのだ。
あの一件は、確かにレイが星空を見上げる一つの理由にもなったのだった。
しばらく無言で空を見上げて星を数えていたレイだったが、軽く身震いをしてまたため息を吐く。
「寒くなってきたし、もう休むね。光をありがとう」
腕に座っていた光の精霊をそっと撫でたレイは、くるっと向きを変えて部屋に飛び降りた。
「ううん、ちょっと体が冷えちゃったね」
腕を上げて背筋を伸ばして大きく伸びをしたレイは、軽く肩を回してからベッドへ飛び込んだ。
「火蜥蜴さん、ちょっと寒いから、温めてもらえるかな」
羽布団に潜り込んだレイは、大きく身震いしてから小さな声でそう呟く。
火の守り役の火蜥蜴がするりと出てきて、いそいそとレイの胸元へ潜り込む。
「あ、暖かくなってきたね。ありがとう」
小さく笑って胸元をそっと叩いたレイは、横向きになって枕に顔を埋めた。
「おやすみ、春までなんて……きっと、あっという間だね……」
枕と並べておいてあった蒼色のクッションに抱きついたレイは、小さな声でそう呟き大きなあくびをしてから目を閉じた。
静かな寝息が聞こえてくるまで、それほどの時間はかからなかった。
集まってきたシルフ達が愛おしげに眠るレイの頬や鼻先に何度もキスを贈り、それから嬉々として髪の毛で遊び始めたのだった。




