酔っ払い達の真剣な会話
「起〜き〜ろ〜〜!」
「起きないとイタズラするぞ〜〜!」
タドラに膝枕してもらった状態で完全に寝落ちしたレイを見て、ロベリオとユージンが笑いながら腕を伸ばしてレイの頬を突っつく。それを見て、タドラも嬉しそうにレイの頬をつっつき始めた。
「あはは、何これ。柔らかい」
「ああ、本当だ。気持ち良い!」
「確かにそうだね。柔らかい」
顔を見合わせて笑った三人は、嬉々としてレイの頬を揉んだり引っ張ったりし始めた。素面に見えていたが、実は若竜三人組も相当酔っているみたいだ。
「起〜き〜ろ〜〜!」
「起きないとイタズラするぞ〜〜!」
「起きなさ〜〜い!」
しかし、三人に耳元で大声でそう言われて頬を引っ張られても、レイは全くの無抵抗だ。
「おいおい、大丈夫か?」
その様子を見ていたルークが、グラスを手にしたまま立ち上がって寝ているレイの横でしゃがんだ。
そして、指輪から大きなシルフを呼び出してレイの額の上に置いた。
「まあ、大丈夫か。単に酔っ払って寝ているだけだな」
レイの体の中へ入って行き、すぐに出てきたシルフ達から何か聞かされたルークは、そう言って小さく吹き出し安心したようにため息を吐いた。
「あ! 今のそれってもしかして、いつもガンディがしているあれ?」
ロベリオが目を輝かせて周りにいるシルフ達を見てからルークを見る。
「おう、ガンディに頼んだらやり方を教えてくれたよ。まあ俺の場合は持っている医学的知識が限りなく浅いから、彼女達から聞けるのは、対象者の現状が命に関わるかどうかってくらいだけどな」
「へえ、つまり術者に医学的な知識があればあるほど、彼女達から聞ける内容が多いって事?」
さすがに精霊魔法に関する自分の知らない知識に、ロベリオの声が真剣になる。ユージンとタドラも、真顔になってルークを見ている。
「みたいだな。ガンディなんかは、それこそ臓器の働き具合から体の疲労具合まで、その気になれば彼女達からの報告で全部解るらしいぞ」
「うええ、それは違う意味で怖い!」
両腕で自分の体を抱きしめたロベリオが大袈裟に怖がって見せる。
「だけど、これはガンディが長年研究して編み出した風の精霊魔法の応用の技らしくて、今のところこれを彼以外で治療に使えるほどに扱える医者は、白の塔であっても皆無らしいからな」
「成る程。そんなに難しいのか」
「おう、冗談抜きでめちゃめちゃ難しい。だけどまあ、知識と技術は多ければ多いほど良いからな。一応これは最低限扱える程度までは勉強したよ」
「ルーク凄い!」
「聞いただけで、僕には無理っぽいなあ」
ユージンとタドラが揃ってそう言って小さく拍手をする。
「何を他人事みたいに言ってるんだよ。俺としては、いざって時に備えてお前らにも今みたいに、命に関わる事態かどうかくらいは最低でも分かるようになっておいて欲しいんだけどなあ」
「いざって時に、か。それは確かにそうだな」
また真顔になったロベリオが、小さな声でそう呟く。
「どうして? ルークが出来るなら……あ、そうか」
タドラがその呟きを聞いて言いかけたが、不意に黙り込んでしまう。
「ああ、そうか。万一ルークが怪我をした時には、俺達がそれをやらなきゃいけない訳か」
以前は、竜の背に乗っている竜騎士が怪我をする事なんてほぼないと考えられていた。だが、竜の背の上にいてさえシルフ達の守りを突き抜ける程の威力を持つ矢を射る事が出来る者がいて、そのシルフの守りが効かない闇の眷属が今後も現れる可能性がある。
確かに、凄いと感心している場合ではない。
いずれ来る嵐の時に備えよ。
森の大爺だけでなく、古代種の光の精霊達までもが口にしたその嵐がいつ来るのかは分からないが、その時に備えて出来る限りの準備をするのは彼らの役割なのだ。
「仕方がない。それじゃあちょっと久しぶりに真面目に精霊魔法について勉強するとしようか」
「そうだなあ。頑張るとするか」
「僕も頑張って勉強するね」
大きなため息を吐いたロベリオの言葉に、ユージンとタドラも苦笑いしつつ頷き合う。
「それなら是非ともティミーにもその技教えてやってくれよ。彼なら、俺達がするよりきっと有意義に扱ってくれるんじゃあないか?」
良い事思いついたと言わんばかりのロベリオの提案に、今度はルークが大きなため息を吐く。
「ティミーの指導者役は誰だったっけ? あの子が最近精霊魔法訓練所だけなくて、大学へも頻繁に顔を出しているのは何のためだと思っているんだよ」
「ああ、もしかして医学と薬学の勉強の時間にそっちの技の取得も始まってる?」
納得したロベリオの言葉に、苦笑いしつつルークが頷く。
「まあ、俺が最初にこれを勉強したのは、ガンディがこの技を詳しく人に教えるのが初めてだったから、やり方の説明なんかを一緒に考えたってのも大きいんだよな。それで俺が最低限の技術を習得出来たから、これならティミーに教えても大丈夫だろうって事になったわけ。人を練習台にするなってな。感覚でものを覚える人から独自の技術を学ぶのは本当に大変だって事がよく分かったよ」
笑ったルークの言葉に、ロベリオ達が一斉に振り返る。
「ええと、具体的には何がどう大変だったんだか聞いてもいい?」
恐る恐るのロベリオの質問に、レイの頬を突っついて遊んでいたルークがいきなり吹き出した。
「だってさ、ここでギュッと押し込んで、ぱっと散らすんだ! とか、この時はグイって感じに引っ張り上げる! とか。そんな事言われたって、俺にはさっぱり分からないって。意味不明だよ」
寝ているレイの額のあたりに右手をかざし手を上下させながら、呆れたようにそう言って笑う。
「ギュッと押し込んで、ぱっと散らす?」
「グイって感じに引っ張り上げる?」
揃って首を傾げる三人を見て、ルークは一人大笑いしていたのだった。
『確かに、知らぬものが聞けば意味不明にしか聞こえぬ説明だが、あれを表す言葉としては、これ以上ないくらいによく分かる説明よの』
すっかり熟睡しているレイのこめかみのあたりに座ったブルーのシルフは、頭上で交わされる酔っぱらい達の会話を聞きながら、小さく笑ってそう呟いたのだった。




