歌と演奏のお願い
「お疲れではございませんか? 必要なら中休みを取るよう手配いたします」
ラウラ嬢とルーメン夫人を見送ったところで密かにため息を吐いたレイを見て、さりげなく執事が近寄ってきてごく小さな声でそう言ってくれる。
「ああ、すみません。大丈夫ですよ。えっと、不思議なお願いだったのでなんとかなって良かったなあって」
誤魔化すように笑ったレイの言葉を聞いて、納得した執事は一礼してすぐに下がった。
「大変お待たせをいたしました。ここからは歌と演奏のお願いが続きますので、まとめて競りを行わせていただきます。では、最初のお願いから始めさせていただきます。皆様、ご準備はよろしいでしょうか?」
司会進行役の執事の声に、舞台前に集まっていた女性達から笑いと歓声、それから元気な返事が返る。
レイの背後では、お願いの内容が書かれた掲示板の位置がずらされて、楽器の演奏準備が熟練の執事達の手により音もなく行われていたのだった。
目の前で次々に行われていく競りを黙って見ていたレイだったが、ふとダンスのお願いが一つも無い事に気付いて密かに首を傾げていた。
「あれ? 十九番目まで歌と楽器の演奏のお願いが続いていて、最後の一つは何かのお相手をしてくださいってお願いだったけど、あれがダンスのお願いだったのかな?」
すると、目の前に現れたブルーの使いのシルフが苦笑いしながら首を振った。
『その件は、お願いが全部終わってから説明があるよ。実を言うと其方へのダンスのお相手もとんでもない数になっていて、裏では担当者が頭を抱えていたんだよ』
「ええ、そうなの?」
思わず声に出してしまい、何人かのお嬢さん達が驚いたように舞台のレイを見上げた。
もう一度誤魔化すように笑ったレイは、面白がるように笑いながら自分を見ているブルーのシルフに、こっそり顔をしかめて見せたのだった。
ようやく全ての競りが終わり、ここからは歌と演奏のお願いだ。
十二番目と十三番目のお願いはレイに歌を歌って欲しいと言うお願いで、いつの間にか背後に控えてくれていた宮廷音楽家の方々の伴奏で、精霊王へ捧げる歌と、降誕祭の前に、というこれも神殿で歌われる聖歌を披露して拍手大喝采をもらったのだった。
お願いをしたやや年長の女性二人は、それぞれレイのすぐ側に用意された椅子に座って歌を聞いていたのだが、うっとりとした目で、しかもごく近くでずっと見つめられてしまい、一人で楽器の演奏も無しで歌っているレイにとっては、どうにも落ち着かない時間になったのだった。
十四番目と十五番目は一緒に歌を歌って欲しいというお願いで、歌は「この花を君へ」と「風の彼方に」どちらも男女それぞれが歌う部分があるので、レイと一緒に歌いたいと言うお願いにはぴったりの曲だろう。
こちらでお願いしますと言って執事が用意してくれた楽譜は、長い曲の一部分のみの短めに省略されたもので、それぞれのお相手の女性と笑顔で頷き合い、順番に歌を披露したのだった。
「そっか、打ち合わせ無しで一緒に演奏したり歌ったりするなら、長い曲の何処を演奏するかは先に決めておかないとね。あんな楽譜があるって僕初めて知ったよ」
『まあ、即興で演奏する事も余程の奏者同士ならば無いわけではないが、普通はあのように事前に用意していた短く省略した楽譜を、演奏前に確認してから演奏するな』
「そうなんだ。一つ勉強になったね」
ブルーの使いのシルフに笑顔でそう言ったレイは、執事に渡された自分の竪琴を受け取ってそっと撫でた。
十六番目と十七番目は、竪琴の演奏をして欲しいとのお願いだ。
希望の曲は「さざなみの調べ」と「精霊の泉」もちろんこれも、やや短く省略された楽譜を先に見せてもらい、その通りに演奏して無事にお願いを叶えたのだった。
そして十八番目と十九番目は、一緒に楽器を演奏して欲しいとのお願いだ。
十八番目は、全部で十人の女性達からの合同入札で、彼女達は全員が竪琴の初心者達の集まる倶楽部の会員なのだと執事から聞いた。
演奏曲は、竪琴の練習曲の一つで「音のつながり」と題された曲で、レイもここへ来てすぐの頃に一生懸命練習した覚えがある曲だ。
「では、ゆっくり演奏しますので頑張ってくださいね」
ガチガチに緊張している彼女達に笑顔でそう言ったレイは、自分が練習していた時よりもかなりゆっくりと、彼女達の様子を見ながら一緒に演奏したのだった。
まだまだ未熟な腕前ながら、頬を真っ赤にさせながらも必死になって演奏するその姿に見ていた人達も自然と笑顔になる。大きな間違いもなく無事に演奏を終えた彼女達には、温かな拍手が送られたのだった。
そして十九番目の演奏曲は「癒し」と名付けられた精霊王の物語の一場面を表した曲で、サディアスが闇の眷属との戦いで重傷を負った場面で、妻であるオフィーリアの嘆きと、夫の快癒を願った祈りを表す曲だ。
これは、女性ながらヴィオラの名手として有名なカンファー伯爵夫人からのお願いだ。
先ほどの初心者のお嬢さん達を気遣いながらの演奏とは違いレイも安心して演奏出来たので、その見事な演奏に会場からは感嘆のため息があちこちから聞こえたのだった。
無事に演奏を終えて十九番目までのお願いを叶える事が出来た。
しかし、残った最後の一つのお願いの内容を聞いて、レイは驚きに声を上げる事になったのだった。




