ネズミの追いかけっこの手遊び歌
「よろしくお願いします」
笑顔でそう言って進み出てきたのは、やや大柄な女性と未成年かと間違えそうになるくらいの小柄な少女だ。
けれども、お二人のお顔がとてもよく似ておられるので、おそらく親子なのだろう。
執事の説明によると、地方貴族のローレッド子爵家のルーメン夫人と娘のラウラ嬢で、彼女は今年成人したばかりの十六歳との事だ。
ローレッド子爵は東の交差点と呼ばれるバークホルトの街からさらに東側の山沿いに領地があり、そこで複数の醸造所を経営している実業家なのだそうだ。執事が例えばと言って教えてくれたウイスキーは、どれもレイも飲んだ事のある美味しいと有名なそれで密かに驚いたほどだった。
そしてルーメン夫人は、そのバーグホルトで手広く慈善事業を行なっていて、ルークの後援会の代表を務めるマーシア夫人とも懇意の仲なのだそうだ。
「実は今回、支援している孤児院の子供達から、レイルズ様への質問と申しますか……とあるお願いを携えて参りました。無事に、入札出来て安堵しております」
苦笑いするルーメン夫人の言葉に密かに首を傾げる。
確か次のお願いは、手遊びをして欲しい、だったはずだが違うのだろうか?
不思議そうにしているレイを見て苦笑いしたルーメン夫人は、傍におとなしく立っていたラウラ嬢を振り返った。
笑顔で進み出たラウラ嬢は、レイに優雅に一礼してから口を開いた。
「実は、今孤児院の子ども達の間で手遊びが大流行していて、私も、いつも孤児院へ慰問に行った時には一緒に遊んでいるんです」
笑顔でそう言いながら、軽く手を叩いて遊ぶ振りをする。
「それは素晴らしいですね。手遊びは相手がいないと出来ませんから、皆で遊ぶのにもうってつけだと思います」
レイも、ゴドの村にいた頃には、同い年のマックスや、母さんと一緒に遊んだ覚えがある。また懐かしい記憶に浸りそうになって慌てて顔を上げる。
「それで子供達からのお願いと申しますのが、レイルズ様は市井のご出身だと伺いましたので、いつも遊んでいた手遊びがあれば、それを知りたいとの事なのです。特に、手遊びは場所や年代によっても同じ歌でも歌詞が違ったり振り付けも変わります。子供達は、レイルズ様が遊んでいた手遊びを知りたいようなのです」
ルーメン婦人の言葉にラウラ嬢も笑顔で頷いている。
「ああ、そうなんですね。えっと、僕が遊んでいたのは……ほらこいほらこい、よいよいよいっていうのと、後はこれくらいの石を使ったお手玉、かなあ。あ、それから指同士をこうやって交差させながら歌って遊ぶ、ネズミの追いかけっこ、って歌もありましたね」
主に遊んでいたのは、この三つだろう。
すると、目を輝かせた二人が身を乗り出すようにしてレイの腕を取った。
「その、ネズミの追いかけっこは、初めて聞きます。どのような遊びなのでしょうか?」
「分りました。ではやってみましょうか」
笑顔で頷いたレイは、少し膝を曲げてラウラ嬢と視線を合わせようとした。
しかし、ここでも身長差がありすぎて完全にしゃがみ込む体勢になってしまい、それを見た会場内からは笑い声が聞こえた。
「レイルズ様、どうぞこちらへお座りください」
見兼ねた執事が椅子を持ってきてくれたので、レイはそこに座ってラウラ嬢と改めて向かい合った。
「えっと、こんな風に手のひらを大きく開いて指を一本ずつ順番に交差させていくんです。この時に、他の指に当たらないようにしないと駄目なんですよね」
そう言って広げた小指を、同じく手を広げて差し出したラウラ嬢の小指を交差させる。
「ああ、分かりました。こういう事ですね」
さすがに、いつも遊んでいるというだけあって、すぐに遊び方を理解したラウラ嬢が笑顔で薬指をレイの薬指と交差させる。この時に、他の指が当たらないように両隣の小指と中指を無理やり広げてさらに離すようにして上げている。
「そうそう、上手ですよ。指は曲げちゃあ駄目なんですよね。それで歌はこうです。ネズミの母さんどこいくの? チーズを探しにお城まで」
できるだけゆっくり歌いながら、リズムに合わせてネズミの母さんどこいくの、と歌いながら何度も小指同士を交差させ、離してリズムを取りながら次の、チーズを探しにお城まで、でも何度も薬指も交差させては離すのを繰り返した。
「いってらっしゃい待ってるね。だけども帰らぬ母さんネズミ。探しに行こうよお城まで」
ここまで歌ったレイが、今度は手のひらを立てて相手に向ける。ラウラ嬢も笑顔で同じようにする。
「ネズミの母さんお家へ戻る。大きなチーズをお土産に」
そう歌いながら、手のひら同士を打ち合わせ、次に手の甲側も同じようにして打ち合わせる。
「あらあら困ったどうしよう。どこにもいないよ子ネズミ達が。探しに行こうよ草原へ」
歌いながら今度は手のひらを水平にして、右手は上に、左手は下にして差し出す。
即座に理解したラウラ嬢が、右手を下向きに、左手を上向にして差し出す。
これまた歌いながら順番に左右の手のひらを打ち合わせて最後はまた立てて、手を打ち合わせる。
気がつけば、あちこちでそれを真似て遊び始める人達が現れ始めた。
「ネズミの父さんお家へ帰る。大きなリンゴをお土産に」
「おやおや変だなどうしよう。だあれもいないよ大変だ。探しに行こうか林の方へ」
ここからまた指を交差させるのを繰り返す。
「ネズミの子供がお城の前で、大きな城壁高くて怖い」
「えんえん困った入れない。母さんどこだろ見えないよ。行くか帰るかどうしよう?」
ここでは、一度泣く真似をしてから立てた手のひらを打ち合わせていく。
「ネズミの母さん草原来たが、子ネズミどこにも見当たらない」
「あらあら困ったどうしよう。どこにもいないよ子ネズミ達が。探しにいくなら泉の方か?」
ここまで歌って、一旦手を止める。
「こんな感じで、森へ行ったり川へ行ったり、畑に行ったりして延々と歌が続くんです。しかも勝手に歌詞を途中から変えたりするから、いつまで経っても誰もお家に帰れないって歌です」
ラウラ嬢と顔を見合わせて揃って吹き出す。
「素敵なお土産ができましたわ。あの、わがままをお許しいただけるなら、後ほど歌詞を……」
ごく小さな声でそう言われて、笑顔で頷く。
「もちろんです。後で僕が覚えている歌詞を全部書き出してお届けしますね。でもこれは、好きに歌詞を作るのも楽しいので、子供達に任せてもいいと思いますよ」
笑ったレイの言葉にそれはそれは神妙な顔で頷く二人を見て、会場からは暖かな笑い声と拍手が沸き起こったのだった。
余談だが、後日、レイが書き出したこの歌の歌詞は無事にラウラ嬢の元へ届けられたのだが、会場でそれを聞いていた何人もの人達がこの歌の歌詞を全部知りたいと言い出して、特に音楽関係者の間で大きな話題となり、ウーティスさん達が嬉々としてレイの元へやって来て、レイは改めて手遊びのやり方から歌の歌詞まで、一から詳しく説明する事態になったのだった。




