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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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縦抱っこと横抱っこ

「はい、それではお決まりになりましたお嬢様方は、舞台上へお願いいたします」

 次のお願いの競りが終わって、四人の女性達が舞台上に進み出て来る。

 その顔ぶれを見て、レイはもう先程から笑いを堪えるのに必死だった。何しろその二番目に、レイであっても少々抱っこするには大変そうなお嬢さんがいらっしゃったのだ。



 最初のお願いは縦抱っこ。

 まず進み出て来たのは、レイの肩どころか胸の下くらいまでしかないとても小柄なレイと歳の変わらないであろう若い女性だった。

「ルーファンと申します。あの抱っこを……お願い、します……」

 ごく小さな声でそう言って俯いてしまったルーファンと名乗ったそのお嬢さんは、もう耳まで真っ赤になっている。

「もちろんです。では、抱っこさせていただきますがよろしいでしょうか」

 笑って一礼して、体に触れるお許しをいただいたレイは、右手でルーファンの膝裏に手を伸ばして左手を背中に添えて軽々とその体を縦向きのままで抱き上げた。ちょうど、右腕に女性が座っているような状態だ。

「きゃあ! 高い!」

 抱き上げられたルーファンが、そう叫んで咄嗟にレイの首に横から抱きつく。

「しっかり支えていますから大丈夫ですよ。ほら、顔を上げてください。手を振ってくれているのはご友人方ですか?」

 顔を少し後ろへのけ反らせつつ、レイは笑顔でそう話しかけてやる。

 恐る恐る顔を上げ、怖そうにしつつも笑顔で会場を見たルーファンは、自分に向かって手を振る友人なのだろう女性達に笑顔で手を振り返した。会場から拍手が起こる。

「ありがとうございます。私、小さな頃に亡くなった父上に抱っこしてもらった記憶が無いんです。だから、一番背の高い方に抱っこしてもらいたかったんです。本当にありがとうございました。夢が叶いました」

 レイの首に抱きついていたルーファンが、手を離しながらごく小さな声で顔を寄せてそう言った。

 思わぬ理由に、降ろそうとしていた手が止まる。

「そ、それは、お父上の代わりに選んでいただき光栄です」

 慌てたようなその言葉に、ルーファンが笑う。

「ありがとうございました。もう、降ろしてくださいな」

 あまりにも軽いその女性を出来るだけそっと舞台に下ろす。会場からは暖かい拍手と笑い声が聞こえていた。

 舞台の最前列では、その様子を見ていた何人もの女性達が目に涙を浮かべて拍手をしている。

「ありがとうございました」

 もう一度レイにお礼を言ってから優雅に一礼したルーファンは、舞台を駆け降りて最前列にいたその子達のところへ駆け寄り、歓声を上げながら手を握っては顔を寄せて何か小さな声で話しては笑い合っていたのだった。



 そして次の横抱っこで進み出て来たのは、背丈はレイの肩くらいまでだが、横幅が控えめに言ってもレイの倍以上は確実にあるであろうかなりふくよかな女性だった。しかも間違いなく三十代だろう。

 社交界には出ていても夜会でのダンスなどには一切参加されない方もいらっしゃるので、レイはこの女性とは顔を合わせた記憶はない。

 不思議に思っていると、会場のお嬢さん達の声が聞こえてきた。

 どうやら彼女は教育者のようで、あちこちから、先生のお願いを叶えてあげて、レイルズ様頑張って、というどれも彼女の人柄が分かる暖かな笑い声と拍手だ。

「イーヴェラと申します。横抱き希望なんですが、出来ます?」

 笑いを堪えながらイーヴェラと名乗ったその女性は、まるで酒樽のような相当にふくよかな体を揺らしながら笑い、胸を張って腰に手を当てて挑発するようにレイを見上げた。

「毎年、竜騎士様をはじめ一番力のありそうな方にお願いしているんですけど、私を二十数える間抱き上げてくださった殿方は、今までにヴィゴ様お一人だけなんです。どうなさいますか? 棄権しても責めは致しませんわよ。もちろん寄付は致しますわ」

 その言葉に驚き目を見開いて、思わずルーク達を見てしまう。

 すると、レイの視線に気づいた竜騎士達だけでなく、何人かの男性達がこっそりと吹き出したり苦笑いしたりしている。

 レイを見たタドラは顔の前で小さくばつ印を、ルークは笑って抱き上げるふりをしてそのまま倒れる振りをする。ロベリオとユージンも、同じく抱き上げて倒れる振りをしているのを見てしまい、レイは堪える間も無く吹き出してしまった。

 それを見て会場からも笑いがもれる。だが、それはレイやその女性を馬鹿にするような冷たい笑いではなく、さあどうする? と言わんばかりの期待に満ちた暖かな笑い声だった。

「選んでいただき光栄です。もちろん、お願いは叶えさせていただきますよ。二十でよろしいんですか?」

 得意そうなレイの言葉に、今度はイーヴェラ様が驚きに目を見開く。

「まあまあ頼もしいお言葉です事。ヴィゴ様は今よりはまだ少し痩せていた私を二十数える間抱き上げてくださいました」

「それが最長記録ですか?」

 苦笑いしつつ頷くイーヴェラ様に、レイは笑顔で頷いた。

「では、ヴィゴの記録を塗り替えさせていただきますね。皆様、数を一緒に数えていただけますか?」

 笑顔のレイが大きな声でそう言うと、最前列に集まって来ていた教え子なのだろうお嬢さん達から、拍手と歓声が上がる。

「では、失礼しますね」

 一度深呼吸をしてからイーヴェラ様の背中に右手を回し、左手を膝裏へ回す。

 軽く膝を曲げて一気に抱き上げ、あらためて少し揺すって抱き直す。

 大柄なイーヴェラ様をやすやすと抱き上げたレイを見て会場から大きな拍手が沸き起こり、お嬢さん達が手を叩きながら数を数え始める。

「いかがですか?」

 正直に言うとかなり重いのだけれども、別に無理というほどの事ではない。

「まあまあ、驚いた。さすがですわね。私を抱き上げてふらつかなかった殿方はヴィゴ様以来ですわ」

「頑張って鍛えていますからね。楽にしてくださっていいですよ」

 平気そうな言葉に反して、かなり緊張しているのだろう抱き上げたその体がカチカチになっているのに気づいたレイは、笑顔でそう言って彼女を抱き上げたままで右足を軸にしてくるっと回ってみせた。

 悲鳴と歓声が上がる。

 驚いて悲鳴を上げてレイの首に抱きつくイーヴェラ様を見て、女性達が揃って吹き出し大笑いになる。

「先生、大丈夫〜?」

「先生、しっかりね〜〜!」

 お嬢さん達の掛け声に、レイとイーヴェラ様も揃って吹き出し、会場内は大笑いになったのだった。

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