レイの競りの始まりと最初のお願い
「では、間も無く最後の競りが始まります。皆様、ご準備は出来ておりますでしょうか?」
司会進行役の執事の言葉に、舞台正面に集まった女性達から笑い声と共に賑やかな返事が返る。
皆、舞台にいるレイを見て、楽しそうにコロコロと笑っている。中にはレイを見て笑顔で手を振ってくれる人達もいる。
そして、そんなお嬢さん達の背後では、完全に面白がっている笑顔のルーク達の姿も見えて思わず笑ってしまったレイだった。
しかし、普段と違って何も持たずにただ舞台の上でじっと立っているのがどうにも居た堪れなくて、密かにため息を一つ吐いたレイは、背後に上がった掲示板を見たい欲求と無言で戦っていたのだった。
そうこうしている間に舞台前に集まって来た女性達の人数は、もの凄い人数になっている。
舞台の上から見ると、舞台の前に女性達がほぼ全員集まって来ていて、会場の後ろ側に取り残された男性達は、ワインを片手に集まっていくつかのグループに分かれて時折舞台を見ながら談笑している。
何も出来ずに手ぶらのままで黙って立っているだけのレイは、とうとうここで我慢出来なくなってしまい、もう開き直って堂々と後ろを振り返って掲示板を見た。
そして、そこに書かれているお願いの内容を見て、堪える間も無く吹き出してしまった。
だって、一番最初のお願いは、キスをしてください。と書かれていたのだ。そして何故だか次も、その次も同じお願いだったのだ。
「えっと……」
顔を上げて考える。さっきルーク達から聞いた説明では、確か一つのお願いにつき叶えるのは一人だけだったはずだが、違うのだろうか?
改めて一番から三番までのお願いを目を凝らしてよく見ると、横に少し小さな文字でお願いの内容が書かれているのに気がついた。
なんと、頬、額、鼻の先と、キスをする場所が違っていたのだ。
「あはは、そういう事だったんだね。考えたなあ。でもまあ、これくらいなら大丈夫だね。えっと、それであとは何があるのかな?」
小さくそう呟いて前を向き、一つ深呼吸をしてからまた後ろを振り返る。
四番から七番までは抱っこのお願い。とか書かれたお願いがこれまた並んでいて、縦抱っこ、横抱っこ、何故か肩車におんぶまである。
「ええ、抱っこくらいならいくらでもするから別にするのは構わないけど、ドレスを着たお嬢さんを肩車は……かなり無理があると思うんだけどなあ」
困ったように小さな声でそう呟きつつ、その次のお願いを見る。
八番目と九番目は、何故かどちらも一緒にお菓子を食べて欲しい、というお願いだ。
そして、十番目は、これまた何故か一緒にワインを飲んで欲しいというお願いになっている。
「ええ、そんなの言ってくれればいつでも喜んでお相手するのになあ」
不思議なお願いに、小さく笑ってそう呟く。
十一番には一緒に手遊びをして欲しいというお願いで、これは入札者が一人だけだ。
それから十二番目と十三番目はレイに歌を歌って欲しいというお願いで、十四番目と十五番目は一緒に歌を歌って欲しいというお願いだ。ここからは恐らく竪琴の出番だろう。
そして十六番目と十七番目は竪琴の演奏を、十八番目と十九番目は、一緒に楽器を演奏して欲しいというお願いになっている。
成る程。歌や演奏のお願いが、恐らくだがかなり多かったのだろう。それで、曲が違うと別のお願い扱いにしたみたいだ。しかも舞台前のお嬢さん達から漏れ聞こえてくる話によると、歌と楽器の演奏は、あまりにも入札が多かった為にあらかじめ抽選をして、歌う曲と演奏する曲を決めていたらしい。
一体、自分に全部でどれくらいの入札があったのか考えて、寄付金の救済措置があるという話を思い出した。
「そっか、これが分かっていたから竜騎士隊の皆は僕に協賛してくれるんだね」
納得して小さく笑ってそう呟き、また後ろを振り返った。
そして最後の二十番目のお願いは、相手をして欲しい。と書かれているだけで、何をするのか肝心のお願いの内容が書かれていない。このお願いも入札者は一人だけだったらしく、書かれてる名前が一人だけだが、聞き覚えのない名前になっている。
密かに首を傾げたレイは、一つ深呼吸をしてから前を向いた。
まるでそれを待っていたかのように司会役の執事が大きなベルを鳴らした。
「それでは、競りを始めたいと思います。ご掲示出来るのは一度きりですので、どうかよく考えてお挙げくださいませ」
笑顔でそう言い、場内から拍手と歓声が上がる。
そして、まずは最初の三つのお願いの競りが始まった。
進み出てきたお嬢さん達が、合図と同時に目を輝かせながら大きなスプーンを挙げる。
これを三回繰り返し、一番高い金額をつけた人が三人決まって笑顔で手を取り合いながら舞台に上がってくる。
何度か夜会でダンスを踊った事のある伯爵令嬢と子爵令嬢、それから精霊魔法訓練所で、ディーディー達と一緒にいるところを何度か見た覚えのある少し年上の男爵令嬢が、レイの前に並んで立つ。
「こちらのコルヴァン伯爵家のシャーロット嬢には、頬へのキスをお願いいたします」
一礼する執事の言葉に笑顔で頷いたレイは、出来るだけ優しくシャーロット嬢の右手を取り、一礼してからそっとその頬にキスを贈った。
それを見た会場からと、並んでいた他のお嬢さん達から甲高い歓声、それから男性達の冷やかすような笑い声が上がる。
レイも笑顔で場内に一礼してから、順番に並んだお嬢さん達の手を取り、額と鼻の先にキスを贈った。
大きな拍手と笑い声の中を、頬を紅潮させてお礼を言ったお嬢さん達が舞台を駆け降りて行く。
「お疲れ様でした。では次のお願いに参りますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。お願いします」
居住まいを正して前を向いたレイの言葉に、頷いた執事が進行役の執事に合図を送る。
そして早速始まった次の競りで、会場内は大爆笑になったのだった。




