競りの始まりとお願いの内容
「そろそろご準備をお願いいたします」
その時、別の執事が進み出てルークに耳打ちする。
「おう、いよいよだな。さて、どうなる事やら」
笑ったルークの呟きに、レイ以外の全員が揃って笑いながら頷く。
「ねえ、何があるって言うの?」
一人だけ状況を把握していないレイに、ニンマリと笑ったルークが顔を寄せてくる。
「じゃあ、初めてのレイルズ君に優しい先輩が教えてあげよう。さっき見たようなお願いが、お前のところに間違いなく山ほど来ているわけだよ。だから今から舞台へ上がって、君もお嬢さん達の競りにかけられるわけだ。それで競り勝った二十件分のお願いを聞けばいいのさ。な、簡単だろう?」
「簡単……なんですか?」
「だからそれが、どうなる事やら。な訳だよ。まあ無茶なお願いはそうは無いから心配するなって」
笑ったルークがそれだけ言って、待っていた執事と一緒に歩き出す。
「ああ、待ってください!」
若竜三人組もそれに続くのを見て、レイも慌ててあとを追った。
「うわあ、本当にとんでもない人数ですね」
舞台袖からこっそりと会場を盗み見したレイは、舞台前に集まってきている競り用の大きなスプーンみたいなものを手にしているお嬢さん達を見て、思わず感心したようにそう呟いた。
「ああ、あの大きなスプーンのつぼの部分に金額を書くんですね。僕、どうやって決めているんだろうって不思議だったんです」
その無邪気な呟きに、ルーク達がまた笑う。
「さて、それじゃあまずは俺達からだな」
広い舞台の右側と左側にロベリオとユージンが分かれて進み出ると、会場内が一気にざわめいた。
そして舞台前に待機していたお嬢さん達が一斉に左右に分かれる。
見ていると、フェリシア様とサスキア様もスプーンもどきを手にして最前列に近い位置にいる。周りの女性達と顔を寄せては笑っているその様子は、とても楽しそうだ。
「あはは、やっぱり参加するのか。だけど彼女達なら、絶対に面白がって他の人に勝ちを譲りそうだけど、どうなるんだろうなあ」
「そうだね。だけど、結婚前とはやっぱり人数が違うね。結婚すると入札が減るって噂は本当なんだ」
呆れたようなタドラの呟きに、レイが驚きに目を見開く。あれで少ないのなら……。
「えっと、それならタドラも減っちゃうのかな?」
「どうだろうねえ。婚約発表だけだとそれほど変わらないって聞くけど、僕としては少ない方がいいなあ。さすがに僕の体格で、連続してお嬢さんを抱き上げるのはちょっと辛いものがあるからね」
「レイルズなら、全員でも喜んで抱き上げそうだな」
横で聞いていたルークの言葉に、レイが慌てて会場を見る。
「ええ、僕でも全員は無理だと思うなあ。しばらくの間、腰と腕が使い物にならなくなりそう」
大真面目なその呟きに、ルークとタドラは堪えきれずに揃って吹き出したのだった。
舞台上ではロベリオとユージンの競りが始まっていて、時折聞こえる歓声と笑い声にまたレイが舞台を覗き見する。
ちょうど舞台上では、なかなかにふくよかな体格のお嬢さんをロベリオが平然と笑顔で横抱きにしているところだった。
「おうおう、平気そうにしているけど腕がプルプルしているじゃあないか。ロベリオ君は、もうちょっとまじめに上半身を鍛えておかないとな」
揶揄うようなルークの呟きに、今度はレイとタドラが揃って吹き出していた。
「だいたいのお願いは、横抱きに抱き上げてもらう、頬か額へのキス、ダンスのお相手、楽器の演奏。この四つみたいだね」
「まあ、そうだな。これも正確にいうと寄付集めの為の、いわばお遊びだから、そもそもそんな無茶は言われないって」
「僕は正式に紹介されて初めての降誕祭前に、この夜会で手遊び歌を歌いながら一緒に遊んでくださいってお願いをされた事があるね」
タドラが笑ってそう言いながら、手を叩いて相手に向ける振りをする。
「ほらこいほらこい、よいよいよい。ってあれ?」
それを見たレイが、自分も両手を軽く合わせて相手に向ける振りをしながらそう尋ねる。
それは、小さな子供が二人で向かい合って歌いながらする、昔からある手遊びだ。
もちろん歌いながらの仕草はちゃんと決まっていて、リズムに合わせて手を叩いたり握り合ったり、時には相手を軽く引っ張ったりして遊ぶものだ。レイも小さな頃に母さんと歌いながら遊んだ覚えがあるし、ゴドの村にいた頃には、同い年のマックスとも何度も遊んだ覚えがある。
「ああ、やっぱりレイルズは知っているんだね。だけど僕は、子供の頃に他の子と遊んだ記憶なんてほとんど無いし、それをした覚えがなかったからさ。それで正直にそう言って、その子に舞台の上で教えてもらいながら一緒にやったんだよね」
「ああ、あの時は結構時間がかかっていたけど、皆一緒に手を叩きながら笑顔で見ていたし、誰も急かしたりしなかったよな。確か、お願いしたお嬢さんが後で泣きながら謝っていたんだっけ」
ルークも苦笑いしながらそう言って手遊びの真似をする。
「そうだったね。だけど僕は知らなかった事が今になって知れて、ましてや一緒に遊べてとても楽しかったんだ。だから正直にそう言って彼女にお礼を言ったんだよね」
「それでまた泣かしたんだよな」
優しいルークの言葉に、タドラも笑って頷いている。
「それから毎年、同じお願いをされているんだよな」
「そうだね。今年も……ああ、一人だけのお願いがあるから、あれがそうだね。久し振りだからちゃんと出来るかなあ」
タドラの不幸な過去の事件は、大人達ならば全員が間違いなく知っている。だが、成人したばかりの子の中には、あえてご両親が教えなかった為にタドラの過去を知らない子もいるのだ。
「そうなんだね。へえ、じゃあ今度休憩室ででもやってみる? なんならティミーも一緒に」
手遊びの振りをしながら笑ったレイの言葉に、タドラとルークがまたしても揃って吹き出したのだった。
「ああ、最後はダンスのお願いか。あれは俺達全員の競りが終わってから一緒に踊るから、あいつらの分はここで終了かな」
「案外大人しいお願いばかりだったね。奥方達は、結局競りには参加していなかったみたいだし」
ヴィオラの演奏が終わり、大きな拍手と笑い声が聞こえる舞台を覗き見しながらルークとタドラがそう言って笑っている。
「まああの二人なら、普段からいつもお願いを聞いてくれているんだから、ここは他の方に譲るわ。くらいは言いそうだよな」
胸を張ったルークが、フェリシア様の口調を真似て小さな声でそう言い、不意をつかれたレイとタドラがまたしても揃って吹き出し、三人揃って必死になって大笑いしそうになるのを堪えていたのだった。




