競りの準備と変更の報告?
「大変お待たせいたしました。ただいま集計が終わりましたのでご報告させていただきます」
会場正面の大きな舞台に出てきた司会役の執事が、手にしていたハンドベルを軽く鳴らしながら大きな声でそう言って一礼する。
またしても起こる大きな拍手。
「さて、今回の入札では、皆様方の予想以上にあるお方に投票が集まりました。しかも相当な金額をご記入いただいたお嬢様方も大変多うございました」
ここで一度言葉を切った執事は、改めて大きく頷く。
「その件に関しまして、主催者より詳しい説明がございます」
そこまで言って一礼した司会役の執事は、後ろに下がって控えた。代わりに舞台袖から進み出てきたのは、この夜会の主催者であるマーシア夫人だ。
「改めまして、マーシアでございます。今宵は私は主催いたしますこの夜会へお越しいただき、心より感謝いたします。毎年この時期に開催しておりますこの夜会は、皆様ご存知のように通常の夜会とは少々趣が異なります。お嬢様方のお願いを素敵な紳士諸君が叶えてくださる、いわばひとときの夢の時間なのです。そして今回、報告がありましたようにとある人物にお嬢様方のお願いが集中致しております。もちろん、それ以外の方々へのお願いも、いつもよりも多くなっております」
そこで言葉を区切ったマーシア夫人は、自分を見ている竜騎士達を横目で見た。
それだけで全てを察したレイ以外の全員が、さりげなく少し動いてレイを取り囲む位置に立つ。
無言で、突然ロベリオとユージンから少し離れたフェリシア様とサスキア様をレイは不思議そうに見ているだけで、自分の置かれた状況を全く理解していない。
「しかし、寄付金集めが主な目的である以上、まずはそれを第一にすべきと考えました」
マーシア夫人の雄々しい宣言に、何故かお嬢様方から拍手喝采が起こる。
「お願いを聞いていただく側の皆様には、是非とも頑張って務めていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
にっこりと笑ったマーシア夫人のお願いに、見ていた男性陣があちこちで吹き出しながらも大丈夫だよ、とか、もちろん喜んで、などと言って笑っている。
ルーク達も揃って大丈夫だよと声を上げて笑うのを見て、レイも一緒になってそう答えた。
「お心遣い、感謝いたしますわ。そこで今回は、一人の男性へのお願いは、今まで最高でも十件だったところを二十件までとさせていただきます。よもや二言はありませんわよね?」
今度は何故かにんまりと笑ったマーシア夫人の言葉に、男性陣が揃って大きくどよめき、女性陣は甲高い歓声をあげてあちこちで手を取り合って大喜びしている。
「では、ここからは競りのお時間となります。司会を交代いたしますね」
笑顔でそう言い、下がっていた執事と交代したマーシア夫人は、優雅に一礼してから舞台から下がっていった。
「ええ、何が始まるの?」
舞台上に何やら大きな掲示板と、小ぶりな机が用意される。
掲示板には何かのリストが貼り出されていて、それを見てあちこちから甲高い歓声が上がっている。
「えっと……」
何が書いてあるのか見ようとした時、ルークに背中を叩かれた。
「ほら、お前もこっちへ」
いつの間にか側に来ていた執事に案内されて、竜騎士達が全員揃って舞台横に用意された場所へ向かう。
見ているとほぼ全ての男性陣が、舞台袖に集まって来ていて、何やら顔を見合わせて笑っている。
何が何だか分からないままに周りを見渡していたレイは、壁面に置かれたテーブルの上に自分の竪琴やルークが使っている
ハンマーダルシマーなど、さまざまな楽器が用意されているのを見て納得した。
もしかしたら、竜騎士達全員だけでなく、他の人達も一緒に今から演奏をするのかもしれない。
しかし誰も舞台に上がる様子はなく、近くにいた執事にロベリオが話しかけた。
「俺達は誰からですか?」
完全に面白がっている口調のロベリオの言葉に、すぐ側に控えていた執事が答える。
「はい、一番最後になりますがロベリオ様とユージン様に出ていただきます。それからタドラ様、ルーク様、レイルズ様の順番でお願いいたします」
「あはは、予想通りの順番だな。どうする? ルークさんよ。とうとう不動の一番人気からの陥落だぞ」
「もちろん、喜んでレイルズ君にリボンをかけて一番人気の座を進呈するよ」
顔を見合わせて笑っているロベリオとルークの会話を聞いていた他の男性達が、何故か皆笑って拍手をしている。
「では、一番槍を務めさせていただきますよ」
名前は知らないが、何度か夜会で顔を見た事のある軍服を着た大柄な男性がそう言い、執事の案内で舞台へ上がる。
舞台前に集まっていた女性達から歓声が上がったので、どうやら人気者のようだ。
「では、只今より競りを始めます!」
舞台上では、司会役の執事がそう言い、木製の小さなハンマーで机に置かれたミスリルのお皿を叩いた。
ミスリル特有の澄んだ音が会場いっぱいに響き渡る。
舞台のすぐ前に開いた不自然な空間に、全部で十二人の女性が笑顔で進み出る。彼女達の手には、スプーンのような不思議な物があるのが見えて、レイは密かに首を傾げた。
「えっと、あれは何ですか?」
小さな声で隣にいるルークに尋ねる。
すると、ニンマリと笑ったルークは何かを持って顔の横にあげる仕草をした。
「何って、今前に出ているお嬢さん達は全員彼に入札した人達で、全員のお願いが一緒だったから、今からお願いの権利をめぐって競りを行うんだ。一つのお願いを叶えるのは一人だけって決まりがあるんだよ」
その言葉に、驚くレイが目を見開く。
「あの手に持っている木の札に、入札した時以上の希望金額を書いて一斉に上げるんだ。一番高い値をつけた人が見事勝利ってわけ。通常の競りなら何度も競り合って金額を上げるんだけど、時間がかかるからここでは文字通りの一発勝負。しかも競りに勝った人物は、自分がつけた競りでの最高額に加えて、最初に入札された全員分の合計金額をまとめて寄付するんだから、競り勝つのも大変なんだよな。だからまあ、大抵は指名された男性側が半分くらいを負担するのさ」
「ええ、なんだか凄いですね」
呆然とそう答えると、ルークは横を向いて吹き出した。
「で、決まったら舞台の上で皆が見ている前でお願いを聞いてもらうのさ。それで一件終了。サクサクやらないと時間がかかるから、最初の一回目以降は複数同時進行で行われるよ」
既に背後で忙しくしている執事達を見て、ただただ無邪気に感心しているレイだった。
『主様全然分かってないねえ』
『ここまで無邪気だと心配になっちゃうねえ』
『だけどどれくらいの金額になるか楽しみだねえ』
壁面に飾られた巨大なタペストリーの上に並んで座ったニコスのシルフ達が、レイを見ながらそう言って苦笑いしている。
『確かにそうだなあ。だがまあ、あの程度のお願いならば、どれが決まっても大丈夫だろうさ。多分な』
『大丈夫なんだって〜〜!』
『大丈夫大丈夫』
『多分なんだって〜〜!』
『多分多分』
『お願いはなんだろうねえ?』
『何かな何かな?』
『知ってるもんね〜〜!』
『だけど今は内緒なの〜〜!』
『内緒内緒〜〜!』
同じく苦笑いするブルーのシルフの言葉にニコスのシルフ達が揃って吹き出し、呼びもしないのに勝手に集まってきていた他のシルフ達も、一緒になって楽しそうに口々にそう言っては手を取り合って笑っていたのだった。




