入札の終了と裏方の内緒話
「まあまあ、なんだか楽しそうですこと」
顔を見合わせて大笑いしていたレイ達を見て、呆れたようにそう言って笑いながら近づいて来たのはロベリオの親戚にあたる双子の女性、ティンプルとシュクレだった。
双子でそっくりな顔をしている二人だが、なんと今夜はドレスから装飾品、髪型に至るまでそっくり同じで全く見分けがつかない。
「でも、まだ解放の時間ではありませんから、皆様揃って罰金ですわね」
笑顔の二人に声を揃えてそう言われて、まだ笑っているルークが頷いて万年筆を取り出した。
そして、すっかり見慣れた金額指定札の束を側にいた執事から受け取り、サラサラと金額を記入して一枚だけ剥がして残りの束をその執事に返した。
「ほら、お前も」
ごく小さな声でそう言い執事を示す。驚くレイに、執事が一礼して金額指定札の束を渡してくれた。
「えっと、どれくらい書けばいいの?」
内緒話をするようにルークに顔を近付け、大体の金額を教えてもらって少し多めの金額を記入した。
「後程、担当の執事が回収に来ますので、それはまだ持っていてくださいね」
金額を書いたはいいが誰に渡せばいいのかわからなくて困っていると、完全に面白がっている口調の多分ティンプルと思われる方がこっそり教えてくれる。
「ありがとうございます。えっと……あなたはティンプル?」
こっそりと聞いてみたが、にっこりと笑った彼女は手にしていた扇で口元を覆うと、楽しそうに笑った。
「内緒ですわ。さて、どちらでしょう? どうぞ当ててみてくださいませ」
「ええ、そんなの無理です! あ!」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえたレイを見て彼女がまた笑う。
「レイルズ様、もしや先程からのそれはわざとですの?」
後ろに控えていた執事から、また金額指定札を渡されて堪えきれずに笑いながらもう一回同じ金額を記入する。
成る程。入札に参加するのは女性だけだと聞いていたが、男性陣はこんなところに寄付する場所があったみたいだ。
「ううん、駄目だって分かっていても、つい喋っちゃいますね」
金額指定札の束を執事に返しながら、小さな声でそう言って肩をすくめる。
「今の声は聞かなかった事にして差し上げますわ」
「ありがとうございます。これで破産しなくてすみそうですね」
軽く一礼しながらそう言うと、双子が揃って一瞬目を見開き、それからコロコロと笑った。
今のは、ニコスのシルフにこう言えばいいと教えられた言葉そのままだ。
「では、レイルズ様のお財布を守る為に、私達は退散させていただきますね」
「頑張って、もう少しの間じっとしていてくださいませ」
「はい、それでは後程…あ!」
いつもと同じように声を出してしまい、少し離れたところで立ち止まった二人が揃って吹き出す。
「レイルズ様のお口には、何か貼っておいた方がいいかもしれませんね」
「本当にね。でも、寄付が集まるのだから良い事にしましょう」
またしても金額指定札を渡されたレイを見て、もうおかしくてたまらないと言わんばかりに笑い崩れている。
「もう、勘弁してくれ……」
そしてそんなレイを見て、ルーク達も揃って必死になって笑いを堪えていたのだった。
「もう間も無く入札が終了いたします。ご記入がまだのお嬢様方は、お急ぎください」
右手にハンドベルを持った執事が、カランカランとベルを鳴らしながら会場正面の大きな舞台の上に上がって大きな声でそう言った。
それを聞いて、慌てたように紙に何かを書き込んでいる。
あちこちから聞こえてくる内緒話のひそひそ声と、楽しそうな忍び笑いの声も時折聞こえる。
「さて、どうなる事やら」
小さくそう呟いたルークは、興味津々でキョロキョロと周りを見回しているレイを見てこっそり吹き出したのだった。
「ただいまをもちまして、入札の終了とさせていただきます。たくさんの入札心より感謝いたします。では集計が終わりますまで、しばし歓談のお時間とさせていただきます。どうぞ美味しいお菓子とワインをお楽しみください」
先ほどの執事が、今度はもっと大きなハンドベルを持ってきて、大きく打ち鳴らしながら大声でそう言って優雅に一礼した。
会場から拍手が起こる。
「よし、これで俺達も解放だ。はあ、息が詰まるかと思ったよ」
そう言って大きく腕を伸ばして深呼吸をするルークの言葉に、レイも笑って同じように腕を上げて背筋を伸ばした。
「レイルズ様、ほらこっちへどうぞ」
「焼き立てのアップルパイが絶品なんですよ」
シュクレとティンプルの笑う声に、笑顔で頷いたレイが二人の元へ向かう。
「ああ、そのアップルパイなら私も食べたいわ」
フェリシア様の笑った声にロベリオ達も笑って頷き合い、レイのあとを追って壁際のお菓子が並ぶ一角へ向かった。
「ああ、小さいから一口で食べられますね」
直径5セルテほどの丸いアップルパイは、大人気のようで出す端から無くなっていく。
お皿にいくつも取ったレイは、ご機嫌で焼き立てのアップルパイを堪能していた。
「こっちのチョコレートタルトもおすすめですわ」
「私はこっちの方が好きなんです」
フェリシア様とサスキア様お勧めのチョコレートタルトを見て、レイが目を輝かせる。
ご機嫌でチョコレートタルトを頬張るレイの様子に、あちこちから暖かな笑い声が聞こえていた。
「おやおや、これは大変な事態になっていますねえ」
「このあと競りを行うにしても、この入札数は史上最高なのでは?」
「そうですねえ。毎年この夜会のお手伝いをしておりますが、ここまで入札が重なったのを私は見た事がありませんね」
「全くです。ルーク様の時も凄かったですが、今回は間違いなくそれ以上ですね」
「さて、同じお願いが相当数ありますので、果たしてこれに競り勝つのはどちらのお嬢様なのでしょうねえ」
「これは大変な騒ぎになりそうですね」
「どうなるのでしょうね。ですがまあ、今回の夜会で集まる寄付金の総額は、間違いなく史上最高額になるだろうということだけは分かりますね」
「ああ、それは間違いないでしょうね。では今のうちに、応援要員を集めておきます」
「それは絶対に必要ですね。よろしくお願いします」
別室に用意された広い会議室に集まった執事達は。集められた入札用紙に書かれた内容を確認しながら、大きなテーブルの上に指名された名前ごとに仕分けしていく。
別の執事は、名前ごとに分けられたそれを別の机に持って行き、今度はお願いの内容毎に仕分けを始めた。
あちこちで感心したような声が聞こえる中、手早く仕分けされていくその様子を壁に作り付けられた燭台に座って眺めていたブルーのシルフは、一際高い入札用紙の山を見て満足そうに頷いていたのだった。




