巫女達の場合
「ええと、お歌はこれで、衣装はこれ……」
ペリエルは、渡された用紙を見ながら小さな声でそう呟き、目の前に並べた聖歌隊の衣装を順番に確認していった。これは、今見ている紙と一緒に担当の僧侶から渡された、子供劇に参加する際に着る聖歌隊役の衣装だ。そして、手に持つ鈴は、なんと本物のミスリル製だ。
故郷の街でも質素ではあったが子供劇があり、ペリエルも脇役ではあったが毎年参加していたので、街の子供劇の衣装や小道具がどれだけ手作り感満載なのかをよく知っている。
子供劇の舞台用の小道具にまでミスリルの鈴を使うなんて、さすがは貴族ねと、密かに感心していたペリエルだった。
今回、一の郭にある王立劇場で行われる貴族の子供達による降誕祭前の子供劇に、オルダムの街の各神殿の未成年の子達も聖歌隊の役で参加するように要請があったらしく、まだ未成年だったペリエルにも声がかかったのだ。
単身オルダムへ来て、ようやく覚えた神殿での日々のお勤めを真面目にこなしていたペリエルは、以前のクラウディアやニーカがしていたように、早朝の祈りに参加してその後にお掃除をしてから朝食をいただき、朝のお祈りにも参加してから精霊魔法訓練所まで歩いて通っている。これが、週に三日。おかげでかなり体力が付いたみたいで、神殿でのお歌の際に、ずっと立って歌っていても足や背中が痛くなくなった。
もちろん精霊魔法訓練所へ行く際には、未成年だけでは身分証明書があっても一の郭への城門は通れない為に一人ではなく、神殿に雇われている護衛の女性と一緒だ。
まだ精霊達とやっと仲良くなって普通に会話が出来るようになってきたところなので、実技にはまだ一切手をつけておらず、午前中からずっと一日個人授業があり、座学で精霊魔法に関する基本的な事をまずは習っている真っ最中なのだ。
その為、基本的に自習時間が無いので、今も精霊魔法訓練所に通っているクラウディアやニーカ、それにジャスミンとは初めて精霊魔法訓練所へ行った際に軽く挨拶をした程度だ。
今回、ペリエル以外に街の女神の神殿から子供劇に参加するのはあと一人。三位の巫女である十五歳のウルリカだ。
彼女はオルダム生まれの街の子で年も違うしとても背が高いので少し怖くて、ペリエルはお務めの際にもあまり話した事がない。その為、二人だけで行くのには最初の頃はかなり不安があった。
しかし、そんな彼女の不安がウルリカには分かっていたようで、気さくに笑顔で話しかけてきてくれたおかげで、今ではすっかり仲良しになっている。
「そういえば、お城の神殿の分所にお務めのニーカ様やジャスミン様とは練習では一度も会わずだったわね」
小さくそう呟き、きっとお忙しいのだろうと考えて気にせずに用意した衣装を大きな布で包んだ。
「ペリエル。馬車が来たわよ。準備はいい?」
その時、軽いノックの音がしてウルリカが顔を覗かせる。
「はい、これで忘れ物は無いと思います」
もう一回紙に書かれている物を確認してからそう言ったペリエルに、ウルリカも笑顔で頷く。
「じゃあ行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
もう一度笑顔で頷き合って、それぞれの荷物が入った包みを抱えて一緒に外へ出た。
「いつもありがとうございます」
待ってくれていた御者の大柄な男性に揃ってお礼を言ってから、大きな馬車に乗り込む。
途中、街の中にある各神殿も順番に周り、全部で六人の参加者達を乗せてから一の郭にある劇場へ向かった。
見習い神官と三位の神官の男の子達は、馬車の中は入らずに馬車の後ろにある執事が乗る場所に立ったまま取っ手を握って乗っている。馬車の中にいるのは女の子だけだ。
今まで全部で四回あった練習は、全て一の郭にある別の大きな建物の中で行われて、その際には何人かの貴族の子供達と一緒になったが、臆せず話をするウルリカと違い、貴族相手にすっかり萎縮してしまってろくに顔も見る事が出来なかったペリエルだった。
最初の頃には何度か話しかけてきた少年達や少女達も、ペリエルが一向に顔を上げて答えようとしないのを見て、最近では無理に話しかけて来なくなった。
「せっかくなんだから、貴族の人と仲良くなればいいのに。ご縁なんて何処にあるか分からないんだからさ」
笑ったウルリカの言葉に、貴族の人が怖いペリエルは誤魔化すように笑ったのだった。
「いよいよね。ああ、緊張してきたわ」
ウルリカの小さな声に、もっと緊張していたペリエルも、小さく深呼吸をしてから頷くのだった。
初めて見る王立劇場はとんでもなく大きくて、驚きのあまりポカンと口を開けたまま馬車の窓から近づく劇場を見ていた。
劇場横にある通用口から中に入った一同は、出てきた執事の案内で男女に分かれて控室に通された。
「ああ、やっと来たわね。待ってたわ!」
案内された部屋には先客がいて、二人とも聖歌隊の衣装を着ている。笑顔で振り返った小柄な少女の言葉にウルリカも笑顔になる。
「ニーカ! 久し振りね!」
「ウルリカ! 会いたかったわ!」
飛びついてきた小柄な体を抱きしめたウルリカはとてもいい笑顔だ。
笑顔で話を始めた彼女達を見たペリエルは、しかしここでも人見知りが発動してしまいどうしたらいいのか分からずに笑顔でそんな二人を見ているジャスミンをこっそり見た。
壁にかけられた巫女の制服は見習いのものだが、彼女がそんな身分ではない事はペリエルでも知っている。
「ああ、ごめんなさい」
ようやく手を離した二人が、揃って戸惑うように立ったままのペリエルを見て謝る。
「い、いえ……」
「ごめんなさいね。貴女の場所はここを使ってね」
ジャスミンに笑顔で言われて、小さく頷く。改めて挨拶を交わし、急いでそれぞれ持ってきた服に着替えた二人だった。
それから、また執事が呼びに来てくれて一緒に出て行き、実際に演じる舞台の上で立ち位置などの確認をした。
とは言っても、彼女達は神殿の場面が三回あってその際に後ろに並んで歌を歌うだけだ。
歌はいつも神殿で歌っているそのままなので、特に練習も無く控え室へ戻ったのだった。
そしていよいよ本番の幕が上がる。
参加者である様々な身分の貴族の子供達は、皆張り切って堂々とそれぞれの役割を演じている。
舞台袖からこっそりと舞台を覗き見して、ドキドキしていた少女達だった。
本来であればジャスミンはもっと顔の出る役を持つはずだったのだが、今は周囲からの注目を浴びたくないとの本人の意向もあり、今回は単なる見習い巫女の一人として聖歌隊の一員のみでの参加となったのだ。
しかもジャスミンとニーカは聖歌隊で歌う際にも目立たぬように後列に並んでいて、ほとんどの人が彼女達が出ている事に気がつかないままに舞台は終了したのだった。
もちろんボナギル伯爵夫妻はその事を本人の口から聞いて知っていたので、こっそりと参加している彼女の頭の先だけを見て、笑いを堪えるのに必死になっていたのだった。




