終演
『瞬きも忘れてるくらいに夢中になっているみたいだな』
『確かに。こんなに喜ぶのならもっと早く連れてきてやればよかったよ』
椅子から身を乗り出すようにして夢中になって、目を輝かせて舞台に釘付けになっているレイの様子を見ながら、ヴィゴとカウリがシルフを通じてこっそり内緒話をしている。
レイの右肩に座って一緒に舞台を見ていたブルーのシルフがそんな二人をチラリと見て、小さく笑ってから素知らぬ顔でまた視線を舞台に戻した。
実を言うと、レイと一緒に見ているこの子供劇の舞台を、ブルーもとても楽しんでいたのだ。
舞台の内容自体はもちろん知っているし、この劇場で一流の役者達が演じていた様々な舞台を、知識の補完のつもりでシルフを通じてではあるが見た事もある。
だが、その時にはこの役者は歌が上手いな。とか、楽団の演奏が見事だな。あるいは舞台装置が凝っているな。程度の感想しかなかったのだ。
だが、今目の前で、技術的にはそれらよりもはるかに劣る子供達が演じている、未熟で、しかも細切れの主な場面しかないそれが、とても魅力的に見えているのだ。
『おそらくこれは、レイが見ている感動を我が同調して感じているからだろう。ふむ、幸せな事だな……』
小さくそう呟いてレイのすべらかな頬にそっとキスを贈ったブルーは、座り直してまた舞台を見つめた。
ちょうど舞台では、王様が、新たに現れて王国近くまで勢力範囲を広げている闇の眷属と戦う軍隊の指揮を直接取っている場面に変わる。
まず大勢の兵士役の少年達が右側から現れ、左側から大挙して出てきた闇の眷属に扮した少年や少女達と激しい戦いを始める。
ここでは兵士役の子達は剣や槍、盾などの武器や防具を持ち、闇の眷属役の子達達は指に付けた長い爪や闇の眷属を模した被り物についた大きな牙を見せながら、楽団が演奏する激しい音楽に合わせて足踏みをしたり交互に入れ替わるようにして素早い動きで踊ったりしている。
戦いをそんなふうに表現するなんて考えてもいなかったレイは、夢中になるあまり身を乗り出しすぎて、途中でカウリに止められてしまう程だった。
「ああ、ティミーはどこで出るのかと思っていたら! 王様役だったんだね」
嬉しそうに小さく呟いたレイの言う通り、右側の奥に現れた立派な玉座から立ち上がった豪華な肩掛けをして王冠を被っているティミーが、これも立派な錫杖を右手持って高々と掲げ、やや緊張した声ながら凛々しく大きな声を発した。
「進め! 恐れるな! 星の守りは常に我らにあり!」
これも精霊王の物語にはない台詞だが、星の守りは我らにあり、と言う言葉はレイは笑顔になる。
この何気ない言葉に、まだこの時代には色濃く残っていた星系信仰の面影を見た気がして嬉しくなったのだ。
その時、隣にいたカウリが小さく吹き出したのが聞こえて思わず隣を見る。
「あんな豪華な服を着て軍隊を指揮する事なんて絶対ないと思うけど、それはここでは言っちゃあ駄目なんだよな」
苦笑いしたカウリの言葉に、同じ事を思っていたので苦笑いしながらレイもうんうんと頷く。
「しかも、王様が最前線に出てどうするんだよって。闇の眷属が団体で襲いかかってきて王様が殺されたら、その瞬間に人間側の負けで戦争は終わりだぞ」
「確かにそうだよね。それに王国軍と闇の眷属達が戦う場面は精霊王の物語の中では何度もあったけど、こんな場面は無かったと思うんだけど、あったっけ?」
顔を寄せて小さな声で話す二人を、タドラやヴィゴ達が面白そうに見ている。
「ううん、確かに言われてみればなかった気がするなあ。だからこれは多分、王様も実際に頑張って戦っているんだって事を舞台を見ている小さな子供達にも分かるようにした、いわば舞台上の演出だろうさ。だってそうじゃないと王様が実際に出て来る場面ってほとんど無いだろう?」
王国側の王様は、確かにお話の中で何度か出てくるが実際にルークス少年とは直接関わらないし、もう一人の冥王の生まれ変わりと思われるオスプ少年とも同じだ。
ちなみに、レイはもう一人の英雄の物語を知っているから、ここでの冥王の生まれ変わりの少年の名前をオスプ少年と考えているが、精霊王の物語では、実際にはオスプ少年の名前は出てこない。
サディアス一家と一緒に旅をしながらのちに十二神と呼ばれる仲間達を増やしていったルークス少年の姿が、それぞれの人物の主な出会いの場面ごとに演じられる。
精霊王の役も、今はハーネインからもう少し大きな子に変わっている。
そして成長したシャーリーとヘミングが、同じく立派になったルークス青年から託された封印の鍵となる宝石を持って、闇の眷属達から逃げる場面に変わっていた。
ここでは、元々大道芸人として手品を見せていたシャーリーとヘミングが、人の言葉を喋り人間の振りをして現れた闇の眷属を、一緒に託されたミスリルの鏡のおかげで事前に気がつき、物隠しの仕掛けを使って騙し返して宝石を隠す場面だ。
ここでシャーリーとヘミング役の二人は、なんと精霊達の助けを借りずに本当に手品で宝石の入った袋を隠してしまい、この場面は、大きなどよめきとともに客席は拍手大喝采になったのだった。
その後も、何人もの子供達が見事な演技で場面を繋ぎ、最後の闇の冥王を封印する場面になる。
ここでは舞台の明かりを担当してくれている光の精霊達が、光を点滅させるフラッシュを使って緊張する場面をさらに大きく盛り上げてくれた。
そして大きな悲鳴とともに大岩の裂け目へと落ちていく闇の冥王役の青年。
轟くような轟音とともに大岩が動いて元に戻り、暗雲立ち込めていた空に一条の御使いの梯子が現れる。
そして、次々に倒れ伏して動かなくなる闇の眷属達。
「ここに闇の冥王は地の底深く封印され、精霊王と十二神達により地上に平和が訪れたのだった。なれど、決して油断する事なかれ。闇の冥王とその眷属達は地上を我が手にと、今も虎視眈々とその機会を窺っている。決して油断する事なかれ。甘き言葉には注意せよ。陥穽は様々な場所に潜んでいる。決して油断す事なかれ。そして永久に聖なる結界を守りし竜達と我らが王に、精霊王の祝福あれ!」
最後に進み出てきた放浪の賢者のその言葉とともに、ゆっくりと舞台に幕が降りる。
静まり返っていた場内は、大きな拍手に包まれたのだった。
レイも、手が痛くなるくらいにずっと拍手をしていたのだった。




