精霊王の物語と舞台の子供達
「しかし、奇跡の御技により回復した人々は、何故に病が癒えたのか、理由がわらず不審に思い始めた」
もう一度杖の石突きを床に叩きつけて大きな音を立てたライナーが扮する放浪の賢者の言葉に、喜びにあふれていた音楽が一転する。低く響くような不安げな音の連続に、レイは怯えるように小さく息を呑む。
「妙な技を使ったのは誰だ!」
「誰だ!」
「誰だ!」
村の人達が、お互いを不審な目で見て石を投げ合い始める。
「やめて!」
立ち上がった精霊王の生まれ変わりの少年が大きな声を上げる。
「あ、これってハーネインだ。へえ、精霊王の役をやっちゃうんだ」
比較的恵まれた体格のハーネインなら、確かにこの役にはうってつけだろう。
しかし、のんびりと感心しているどころではなく、舞台の上では大変な事態になっている。
恐怖により恐慌状態になった村人の一人が剣を抜いたのを発端に、あちこちで殴り合いや殺し合いを始め、わずかに生き残った人達も逃げ散りそのまま流浪の民となってしまう。
まだ、国自体が安定していない為に辺境地域への統治が至っておらず、こういった事も決して珍しい事ではない。
そしてそんな時に一番に被害を受けるのは、小さな子供達だ。
両親を失い一人生き残ったハーネインが扮する少年には当然頼る先などなく、せめてもと駆け込んだ近くにあった大きな街の神殿も、未だ癒えぬ病人達あふれかえっていて、孤児の面倒を見る余裕などない。
ここでは、気の毒に思った神官様がわずか一杯のスープを恵んでくれただけだった。
少年が駆け込んだ神殿の壁面に星が描かれているのを見て、納得する。
この頃ならば、まだ星系信仰と太陽信仰が人々の信仰の中心で、精霊信仰はその中の一部とされていた時代だ。
そして、ここで精霊王の生まれ変わりの少年は、初めて自分の洗礼名を知る事となる。
この頃の慣習では神殿ではなく両親が名付け親となる事が多く、神殿に届出を出す仕組みだ。そして、子供は基本的に愛称で呼ばれている。
母親が持っていた神殿から授けられたお札のおかげで、彼は自分の洗礼名を知る事が出来たのだ。
「ルークス・ステラエ。これが僕の名前……」
渡された小さな紙切れを、少年は嬉しそうに呟いて抱きしめたのだった。
以来、ステラと両親から呼ばれていた少年は、自らの意思で第一の名前であるルークスを名乗るようになる。
今ではほとんどの人が、神殿から授けられた洗礼名の第一の名をそのままか、あるいは愛称で呼ぶのが定着したのは、この時彼が第一の名前を自らの呼び名とした事によると言われている。
そして、神殿を後に当てのない放浪の旅に出たルークス少年は、郊外の森で彼のような親のいない子供を奴隷にするために子供を見つけては誘拐していた奴隷商人に追われ、同じく奴隷商人からから追われていたマルコットと名乗る少年と出会い、彼を助けた事で、傭兵をしていたマルコットの父親のサディアスと母親であるオフィーリアの親子三人と運命の出会いを果たす事となる。
「星の導きを受けたのだよ。ここへ来ればそれに出会えると」
そう言ってルークス少年の手を取り、彼を家族の一員として迎え入れてくれるサディアス一家。
彼らと出会った事で、ルークス少年は己の運命を向き合い戦っていく事となるのだ。
サディアス役の少年は、未成年とは思えないくらいに立派な体格でなかなかに豪華な鎧と立派な長剣を身につけている。これならば剛力の戦士と呼ばれるサディアスを名乗っても誰も文句を言わないだろう。
「あの、サディアス役の子ってロベリオの兄上の子だよ。名前はハーリィ。あれでまだ十四歳なんだって。誰かさんみたいだよな。成人する頃にはヴィゴくらいになるんじゃあないかって言われているらしいぞ」
笑ったカウリの言葉に、レイは驚きに目を見開く。十四歳の時の自分は、もう少し小さかったと思う。
「へえ、そうなんだね。じゃあ彼は将来、軍人さんになるのかな?」
「どうだろうなあ。ロベリオの兄上はどちらも城の事務官だし本人は怖がりの泣き虫らしいけどさ」
貴族の子供で軍人になるのなら、十四歳ならばもう学校に通っている年齢だろうから、もしかしたら違うのかもしれない。
「でも、ケレス学院長やポルト大佐みたいに、体格が良い方でも事務方になっておられる方もいるもんね」
どちらも、横幅ならばヴィゴに勝てる体格の持ち主だ。
「確かにな。まあそれはお父上や周りの大人達が考える事だからな」
笑ったカウリの言葉にレイも頷く。
舞台の上では、サディアス達からはぐれて怪我をしたルークス少年を助けるシャーリーとヘミングが出て来て、レイは嬉しくなって身を乗り出すようにして舞台を見つめていた。
その後も旅をしながら事件を解決して、次々に仲間を増やしていくルークス少年。
それに引き換え、オスプ少年はこの頃には全く話には出て来なくなる。
しかし、この頃から辺境の地を中心に闇の眷属と思しき黒い影がちらつき始め、特に辺境地域の村が次々に襲われて撤退していき、竜の背山脈の裾野の森は、ほぼ人の勢力は全滅状態に近くなってしまっていた。
それを合図にしたかのように、多くの闇の眷属が竜の背山脈方面から現れて群れをなして人々を襲ってくるようになり、人間の住む領域はどんどんと削られ始めていき、やがては王国の存在そのものさえも揺るがす事態となっていくのだ。
時折現れては、今の世界の情勢やルークス少年の置かれた立場を説明してくれるライナー扮する放浪の賢者の言葉に、レイはもうすっかり舞台の中に引き込まれてしまい、夢中になって言葉もなく舞台の上で堂々と演じる子供達をただただ見つめていたのだった。




