舞台の始まりとそれぞれの頑張り
「今よりはるか、昔々の、ものが〜た〜り〜〜〜」
手にしていた杖を大きく床に打ち付けた放浪の賢者の姿をしたその少年は、朗々と響く見事な声でそう言った。
場内が一気に静まり返る。
「十二の月の始まりの日。辺境の地にある小さな村と、多くの人が住まうとある国の王都にて、それぞれ新たなる命が生まれ来るこの日より、この物語は、始まる」
堂々としたその言葉とともに、ゆっくりと舞台の幕が上がる。
真っ暗な会場内とは違い、見えてきた舞台には光の精霊が灯す灯りがいくつもあり、とても明るい。
現れたのは、舞台の右側に建つ、まるでレイが以前住んでいたような今にも崩れそうなあばら家で、家の中が見えるように手前側の壁が無い造りになっている。
そしてなぜか舞台の左側半分は、まだ真っ暗なままで何も見えない。
粗末なベッドの横で、あちこちにつぎ当てをした服を着た父役なのだろう少年が、ボロ布に包まれた小さな赤ん坊を抱いて立っている。
「生まれた! 男の子だ!」
父親役なのだろうその少年は、それはそれは嬉しそうに赤ん坊を抱いて笑う。
「あ、本物の赤ちゃんだね」
抱き直された拍子に少しぐずる声が聞こえて、レイは思わず小さくそう呟く。
「あの赤ん坊の役も、もちろん誰かの家の子供がやるんだよ。大抵は、あの両親役をしているどちらかの妹か弟がする事が多いんだけど、今年は誰だったのかな? ちょっと知らない子だね」
小さな声でタドラが教えてくれる。
「エルはもう少し大きいから、ここじゃあないね」
笑ったレイの言葉に、周りにいた大人達は揃って笑顔になる。
その時一瞬だけ舞台が暗転して、先ほどのあばら家のあったのと反対側の左側の舞台が明るくなる。
そこには、先ほどのあばら家にいた父親とは全く違う立派な服を着た少年が、ふわふわのおくるみにくるまる赤ん坊を抱いている場面に変わった。背景の部屋の様子もとても豪華だ。
「ようこそ我が息子。待っていたよ。其方の人生に幸多からん事を」
父親役の少年が優しい声でそう言って、抱いた赤ん坊にそっとキスを贈った。
鐘の音が今度は静かに鳴り始め、幾重にも重なって場内に流れる。
赤ちゃんの誕生を祝うかのような、優しい音楽が鐘の音に合わせるかのように流れる。
ここで舞台全部が明るくなり、それぞれの家で笑顔の両親に抱かれている赤ん坊が見えた。
そしてそれぞれのもとにお祝いに駆けつける人達。皆とても良い笑顔だ。
響いていた鐘の音が消えるのに合わせて演奏も静かになり、舞台が暗くなりまた場面が変わる。
そこからまた左右交互に暗転を繰り返して赤ん坊の成長していく場面が続いた。
アルジェント卿のお孫さんであるエルは少し育った赤ちゃんの場面で登場して、元気よく泣き声を上げて城内の笑いを誘っていた。
そのあと貴族の子供役でパスカルも登場した。
「父上、本を読んでくだしゃい!」
しかし緊張したのか折角の台詞を噛んでしまい、これも城内の笑いを誘っていた。
「そっか、精霊王の物語をそのまま演じるんじゃあなくて、主な場面だけを演じるんだね」
主人公である精霊王の生まれ変わりの少年と、冥王の生まれ変わりと思われる少年。
演じる場面の年齢に合わせて、何人もの同じ年代の少年達が交代で演じている。
そして精霊王の生まれ変わりとなった少年が旅立つ運命の日。
その年の流行病で相次いで両親が病に倒れ、精霊王の生まれ変わりの少年もまた病に伏してしまう。
ここで、初めて精霊達が登場する。どうやらシルフ達のようだ。
ふんわりとしたレースのドレスを着た全部で十人の少女達が、施療院の廊下に敷布を敷いただけで寝かされた少年の周りに集まる。
「彼を死なせてはならない」
「彼を死なせてはならない」
「癒しの風をここに」
「癒しの風をここに」
「彼を死なせてはならない」
「彼を死なせてはならない」
交互に歌うように高い声でそう言った少女達は、手にした薄い布を広げてゆっくりと少年の周りを覆うように振り回し始める。
「あ、ソフィーとリーンがいるね」
その中に知った顔を見つけたレイが嬉しそうにそう言う。
「何度も出てくるシルフの役は、少女達の間でも人気の役なのだよ。くじ引きで決まった時には大喜びで報告してくれたよ」
アルジェント卿が笑いながら小さな声でシルフを飛ばして教えてくれる。
「そうなんですね。とても可愛くてずっと見ていたいくらいだ」
話をしていると、静かだった音楽がまるで喜びを表すかのように賑やかになっていく。
そして、不思議そうにしつつもゆっくりと起き上がる少年と周りの人々。
うずくまっていた人々が立ち上がり、歓喜の声を上げて喜んで抱き合う。
これは、精霊王が最初に起こした奇跡とされる場面だ。
「辺境のいくつもの村を壊滅させるほどの謎の病は、奇跡の御技によってここに終わりを迎えた」
舞台の端に進み出てきた放浪の賢者が、そう言ってまた杖を打ち鳴らす。
「あ。これライナーの声だ」
大きな付け髭をしているのでほとんど顔は見えないが、あの声はライナーで間違いないだろう。
堂々たるその姿に、レイはもうひたすら感心する事しか出来ず、そのあとも夢中になって舞台を見つめてたのだった。




