開場
「それではよろしくお願いします」
「はい、かしこまりました。ではお届けしておきます。どうぞ、舞台をお楽しみください」
買った自分の分のお菓子を本部へ届けてもらうように追加でお願いしたレイは、待っていてくれたアルジェント卿やヴィゴ達と一緒に別の執事の案内で席へ向かった。
「今回は使われていないが、ほら、大きな舞台の場合はあの壁面にある座席も開放されるよ」
タドラの言葉に、レイとカウリが揃って顔を上げる。
「おお、俗に言う箱席ですね。色々と噂は聞きますけど本当なんっすか?」
ニヤリと笑ったカウリの質問に、タドラが横を向いて小さく吹き出す。
「お、その反応はやっぱり本当なんっすね」
身を乗り出すカウリの言葉に、レイは横で首を傾げている。
「何をしておる」
呆れたようなヴィゴの声が聞こえた直後に、カウリの頭をヴィゴが軽く張り倒した。
「痛え!」
頭を押さえてわざとらしく痛がるカウリを、ヴィゴが呆れたように見る。
「ここには人の耳目があるのを忘れるな。そういう話は本部へ帰ってからやれ」
「へ〜い」
苦笑いしたカウリがそう返事をしてタドラの隣に座り、執事に案内されたレイがその隣に座る。
「へえ、座り心地の良い椅子ですね。それに広くてゆったりしています」
思ったよりもしっかりとクッションが効いていて、横幅もあってなかなかの座り心地だ。
「ここはいわば一番良い席だから、そりゃあ座り心地も良いだろうさ。第一、お前やヴィゴみたいな体格の良い奴は、それなりに広い席じゃあないと狭くて大変だろう?」
笑ったカウリの言葉に、レイもそれはそうかと妙な納得をしたのだった。
「おお、もう皆様お揃いですね」
その時、一列後ろの席からボナギル伯爵の声が聞こえてレイは座ったままで後ろを振り返った。
「お久し振りです」
「おお、レイルズ様。お元気そうですな」
「レイルズ様。ご無沙汰致しております。いつもジャスミンがお世話になっております」
ボナギル伯爵夫人のリープル夫人もそう言って笑顔で一礼する。
一通りの挨拶を終え、改めて前を向いて座り直す。
今は舞台に大きな幕が下がっているので、舞台の様子を伺う事は出来ない。
「ねえ、カウリは観劇ってした事あるの?」
なんだか間がもたなくて、小さな声でカウリに話しかける。
「おう、ここへ来るのは久しぶりだけどな。子供劇はなんだかんだで毎年見ているよ。ああ、もちろん俺が見ていたのは、こんな立派な舞台じゃあなくて、街の精霊王の神殿横にある建物の中にある小さな舞台だよ。だけど衣裳は手作り感満載だし、演じている子供達が一生懸命でさ。なんだかついつい見入っちゃうんだよ。俺は嫌いじゃあないな。まあ、これに出ろって言われたら絶対断ると思うけどさ」
「へえ、そうなんですね。僕はそもそも観劇自体初めてだからすっごく楽しみです」
目を輝かせるレイの言葉に、カウリは苦笑いしている。
「ああ、その辺の裏事情はルークから聞いたよ。一応十代の間は、お手伝いって形でなら関われるらしいから、なんなら来年あたり一度手伝いでもやってみたらどうだ?」
「ええ、そんな無茶言わないでください。僕が行ったら、きっとお手伝いどころか人の邪魔ばかりしていますよ」
慌てて首を振るレイを見て、カウリは面白そうに笑っていた。
気がつけばほとんど客席は埋まっていて、レイは大人しく座りながらもキョロキョロと興味津々で周囲を見回していた。
「ああいうのを見ると、年相応って感じがするよな」
隣に座ったカウリが、苦笑いしながらそんなレイの様子を見て小さく呟く。
「確かにそうだね。初めて見るものに興味津々って感じだ」
同じ事を思っていたタドラも、カウリの言葉に頷いて笑っている。
「へえ、楽団が音楽を演奏してくれるんだね」
レイがそう呟いて少し身を乗り出す。
舞台のすぐ前に誰も座っていない一角があったのだが、そこに楽器を持った人達が何人も出てきて座り始めた。
「あれは、ここの劇場所属の楽団だよ。舞台の音楽は全て彼らが演奏してくれるんだ」
レイの隣に座ったヴィゴの言葉に、レイは嬉しそうに頷く。
席が近いので、ここからなら演奏もしっかりと聴こえるだろう。
その時、少し離れた席に入ってきたルークの姿が見えて思わずそっちを向く。
ルークは、ディレント公爵の息子で友人のユーリと、他にも数名の男性達と一緒に来てそのまま席についた。見ていると、顔を寄せて何やら楽しそうに話をして笑っている。とても仲が良さそうだ。
「あ、ルークがいるな」
レイの視線に気づいたカウリが、そう言いながら同じようにルークを見る。
「ユーリ様以外は、俺も知らないなあ。一緒にいるのは誰だ?」
ここへ来るという事は、少なくともそれなりの身分の人なのだろうと思うが、カウリも知らないと言われて驚いてもう一度見る。
「ああ、一緒にいるのはいつもの連中だな」
二人が揃って見ていたのに気づいたヴィゴが、そう言って苦笑いしている。
「いつもの連中? 俺は知らないですけど、誰なんっすか?」
カウリの質問に、ヴィゴが肩をすくめる。
「元はと言えば、ルークがハイラントで一緒にいた連中だよ。まあ今はしっかり更生して全員がハイラントの街で真面目に働いている。街の自警団に入っているのが二人と、ハイラントにある技術訓練校の講師をしているのが三人、あとは剣術道場の師範をしている奴、かな。ああ、職人を大勢雇って、武器工房を経営している奴もいるな」
ルークと一緒に楽しそうに笑っている人達を見ながら、ヴィゴがこっそり教えてくれる。
「毎年、この時期になると降誕祭の資金集めの為に、何人かがルークを頼ってオルダムまで来るんだ。そうか。今年は彼らが担当か。ここへ来ているという事は、公爵閣下の招待だな。成る程、ハイラントの支援にディレント公爵閣下が名乗りを挙げてくださったわけか」
うんうんと頷きながらのヴィゴの説明に、レイとカウリも納得して頷く。
「ああ、それでユーリ様が一緒におられるんですね。へえ、こういう所でも色々あるんだねえ」
感心したようにカウリがそう呟き、座り直す。
レイも、あらためて座り直したところで、不意に場内一杯に鐘の音が響き始めた。
ゆっくりと、しかし大きな音が場内いっぱいに広がる。
明るかった場内の光が全て落とされて真っ暗になる。これは光の精霊達の仕業だ。
まだ舞台の幕は降りたままだが、その幕の前に放浪の賢者の姿をして長い杖を持った少年が一人進み出て来た。舞台の端で止まって客席に向き直り持っていた杖を地面に打ち付ける。
鈍い音が、鳴り響く鐘の音とともに場内いっぱいに響いた。
いよいよ舞台が始まる。
目を輝かせたレイは、その少年が口を開くのを見つめていた。




