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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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昼食と子竜との面会

 ぼんやりと目を開けたクロサイトは、自分の身体がとても楽になっていることに気付いて驚いていた。

「あ、起きたな。具合はどうだ?」

 いつも世話をしてくれる世話係の兵士の声に、クロサイトは嬉しそうに喉を鳴らしながら起き上がった。驚くほど体が軽くて、今すぐにでも飛べそうだ。嬉しくて、久し振りに翼を広げて大きく伸びをした。

「ああ、すっかり良くなったみたいだな」

 泣きそうな声でそう言うと、彼はクロサイトの首に抱きつくようにして何度も額を撫でてくれた。

「良かった。本当に良かった。本当に心配したんだからな」

「どうして? 何が良かったの?」

 クロサイトにとっては、朝ごはんを食べた後に身体を拭いてもらい、ここ最近の日課になっている草原でのお散歩に行くつもりだったのだ。

 しかし、どうもその辺りからの記憶が無い。

 水を持って来てくれた兵士にも泣きそうな顔で抱きつかれてしまい、クロサイトは途方に暮れていた。

「ええと、僕覚えてないけど……何があったの?」

 彼らの様子を見る限り、どうやら自分の身に何かあったようだ。

「そうだよな……お前は覚えてないよなぁ」

 顔を上げた兵士が、自分が酷い引き付けを起こして死にかけた事や、古竜の癒しの術で助けられた事を教えてくれた。

「……古竜? って、すごく長生きしてる竜の事でしょ?」

「ああそうだよ。すっごくすっごく大きかったぞ。お前なんか、指先で潰されちゃうぞ」

 それを聞いたクロサイトは、悲鳴を上げて顔を翼の中に差し込んで震えた。

「ごめんごめん、冗談だよ。そんな訳無いだろ。でもそう言いたくなるくらい大きかったんだよ。だってほら、見てみろよ」

 兵士が指差すのは、扉のあった筈の壁だが、何故だか壁一面に大きな布が張られている。

「何の為の布?」

 不思議そうに首を傾げるクロサイトに、兵士は笑いながら教えてくれた。

「お前の治療の為に駆け付けてくれたんだけど、扉が小さすぎて中に入れなかったんだよ。瀕死の状態のお前を動かすわけにもいかず途方に暮れていたら、シヴァ将軍が壁を壊せって命令して下さって、皆で壁を壊したんだよ。古竜も手伝ってくれたんだぞ。それでようやくここに入って来れて、それでお前を助けてくれたんだよ。今度会ったらちゃんとお礼を言えよ」

「うん。会ったら、ちゃんとお礼を言うね」

 素直に答える子竜に、兵士は嬉しくなってもう一度抱きついた。

「本当に良かったよ。お前が倒れて引き付けを起こした時には、本当にどうしようかと思ったんだぞ」

 自分の主ほどでは無いが、ここの人達の事もクロサイトは大好きだった。本当に親身になって世話をしてくれる。

 どうして、タガルノの人達は竜の事を大事にしないのだろう。

 ここに馴染めば馴染む程、故郷であるタガルノの、不自然な迄の竜に対する酷い扱いが悲しくなるクロサイトだった。

「あ、竜騎士様から聞いたんだけど、お前の主のニーカ様、杖を使って歩く訓練を始めるそうだぞ。良かったな、きっともうすぐ会えるよ」

 それを聞いたクロサイトは、大きく翼を広げて尻尾を振り回した。砂埃が辺りに舞う。

「こらこら、暴れるんじゃ無いよ。元気が有り余ってるみたいだから、診察の後で許可が出たら外に出てみるか。折角だから、陽の光をしっかり浴びておけよな」

 口を押さえながら笑う兵士に、大きく鳴いたクロサイトは遠慮なく突撃した。受け止めた兵士が干し草の山に吹っ飛ばされて倒れたまま大笑いしている。

「こら!何をするんだよ!」

 笑いながら干し草の山から起き上がった兵士は、クロサイトの顔を両手で挟んで揉みくちゃにした。嬉しくて、クロサイトも声を上げて甘噛みし大きく喉を鳴らした。

 どこも痛く無い。軽々と思った通りに自由に動く体が嬉しかった。



 アーテルの背に乗せてもらったレイは、先ほどの子竜のいた竜舎の前に戻り、待っていた案内係の兵士に連れられて別の大きな建物に向かった。ロベリオ達三人も一緒だ。

「お疲れ様でした。ラピスは湖を気に入ってくれましたか?」

 迎えてくれたシヴァ将軍に、ブルーが気に入ってくれた事を報告すると、シヴァ将軍は大きく頷いてくれた。

「それならば、ラピスが養生する際にはあの湖を使うようにしましょう。しかし、ここの竜舎であの狭さなら、城ではどうしていたんですか?」

 心配そうなシヴァ将軍の問いに、ユージンが狩り用の離宮をレイルズ専用にしてもらい、側の湖でラピスが養生していた事を教えた。

「成る程、あそこなら人目も隠せますし、城との距離も近いから移動も楽ですね。確かにあそこの湖も、かなり深かったはずです」

 納得した彼は、笑ってレイを見た。

「さて、レイルズ様はお腹が空いたのではありませんか?」

「えっと……」

 振り返ってロベリオ達三人をみると、笑って頷いてくれた。

「はい、お腹空きました」

「それではどうされますか? 別室でお食べになるならすぐに用意させますが、食堂へ行ってみますか?」

「食堂?」

「今日は外部の者はいませんので、レイルズ様がお越しになっても大丈夫ですよ」

「行ってみたい!」

 嬉しそうなレイに、三人も頷いた。

「ここの食堂は久し振りだね」

「特産の干し肉のシチューが美味いんだよな」

「ああ、考えたら食べたくなって来た。早く行こうよ」

 嬉しそうな四人を連れて、シヴァ将軍は食堂へ自ら案内役を買って出た。

「えっと、シヴァ将軍も食堂で食べるんですか?」

 偉い人は、何でも特別扱いだと思っていたレイは、不思議そうに尋ねた。

「城では、士官用の食堂と一般兵の食堂は分かれていますが、ここではそんな事はありませんぞ。ここでは皆、同じ物を食べます」

 豪快に笑って、開いたままになっている大きな扉を潜った。

「うわあ、広いんだね」

 高い天井と何本もの柱、隙間を埋め尽くすように並べられた机には、トレーを持った兵士達が大勢座って食事をしていた。

 彼らが入って来た時、一瞬食堂が静かになったが、将軍が苦笑いして手を振ると騒めきはすぐに元に戻った。

 ここの食堂も、並んで好きなだけ取りながら進むようになっていて、それぞれ数種類の料理が大量に用意されていた。

 当然のようにトレーを手に列に並ぶ一行の前では、無言の譲り合いが起こっていたが、これもシヴァ将軍が手を振って譲り合いを止めた。

「ちゃんと並ばないとね」

 嬉しそうなレイを見て、シヴァ将軍も笑って大きく頷いた。

「そうですね。緊急事態でも無い限り、順番はきちんと守るべきです」


「これが、ここの名物の干し肉のシチュー、これは絶対食べろよな」

 後ろのロベリオが教えてくれた通りに、干し肉のシチューを取る。

「これもおすすめ。薫製肉も美味しいんだよ」

 山盛りに取ったユージンを見て、レイも遠慮なく生ハムと薫製肉を取った。

「リコリって知ってる?甘くて美味しい野菜。茹でてあるから沢山食べられるんだ」

 タドラが取っているのは、角切りにした白い芋のようなものだが、レイは見た事が無かった。

「じゃあ取ってみる」

 いつも食べている野菜と一緒に、教えてもらったリコリも取ってみた。

 焼きたてのパンも取り、空いた窓側の席に移動した。

 それぞれ、精霊王への祈りの後で食べ始めた。

 初めて食べる干し肉のシチューも、リコリもとても美味しくて、一口食べたレイは嬉しそうに隣に座ったロベリオに言った。

「これ美味しいね。リコリも初めて食べたけど、とっても甘くて美味しい!」

「しっかり食べろよ、育ち盛り」

 笑ったロベリオに大きく返事して、ちぎったパンを食べた。無邪気な彼の様子を、シヴァ将軍は面白そうに食べながら眺めていた。

 食後には、タドラが大きなポットを取って来て手早く全員分のお茶を入れてくれた。慌てたレイが立ち上がって皆にお茶を配った。

「はいこれ。ええと、ここには蜂蜜って……あ、これだね」

 机の上には、塩と並んで蜂蜜の入った瓶があちこちに置かれていた。

 嬉しそうに自分のカップに蜂蜜を入れるレイを見て、シヴァ将軍も嬉しそうに頷いた。

「ガンディ殿から聞きました。養蜂の件は現在準備中です。しかし、本格的に収穫出来るのは、おそらく来年になるでしょうね」

「頼りにしてます」

 自分も蜂蜜を入れながら、ロベリオが笑った。

「しかし、こんな事であの苦草のお茶が飲めるようになるなんてね。ここの兵士の採用試験に、苦草のお茶を平気で飲める事。って言うのがあったんですが、これは続けるべきでしょうかね」

 レイ達だけでなく、周りの者達までそれを聞いて吹き出した。

「それはまた、難しい試験だったんですね。でも、いつでも蜂蜜が有るとは限らないから、出来ればそのまま飲めるに越した事は無いですよね」

「やはりそうですよね。分かりました。今後もこの試験は続けましょう」

「僕は出来たらそのままは飲みたく無い」

 頷くシヴァ将軍を見て小さな声で呟いたレイは、絶対、自分用の蜂蜜はこっそり確保しておこうと思っていた。


 食事を終えて外に出ると、一人の兵士が走って来た。

「報告します! 先程、クロサイトが意識を取り戻したと連絡がありました。すっかり元気になっているようで、羊の肉を食べて水を飲みました。今は、外の広場で日光浴をさせているとの事です」

 それを聞いたレイは笑顔で振り返った。皆も笑っている。

「それは良かった。それなら、ラピスを呼んで来てやろう。クロサイトと会わせてみたいよ」

 ロベリオの言葉に、二人も頷いている。

「じゃあ迎えに行かないと。それなら今度はベリルに乗るかい?」

 タドラがレイの背中を叩いてそう言ってくれた。

「良いの?乗りたい!」

 歓声を上げてタドラに飛びつくレイを見て、シヴァ将軍は笑っていた。

「成る程、確かにあれはまだ子供だな」


 森の色のベリルに乗せてもらって、先ほどの湖へ戻って来た。ブルーは湖から首を出してこっちを見ている。

「もう戻るのか?」

 湖から出てきたブルーの身体から、あっという間に水が流れ落ちて無くなった。

「あのね、あの子竜が目を覚ましたんだって。それでブルーに会ってもらいたいんだって」

 レイの嬉しそうな声に、ブルーは喉を鳴らした。

「目を覚ましたか。それは良かった。では、行くとしよう」

 伏せてくれたので、腕に乗っていつもの定位置に収まった。それを見てタドラの乗ったベリルも上昇した。

 上空で待ってくれていた二頭と共に、四頭の竜は揃って竜舎に戻ったのだった。


 クロサイトは、広場で座ったままこちらを見上げている。側にいる兵士の大きさからしたら、クロサイトも十分大きいと言えるのだろうが、側に降り立った三頭の竜と比べると、明らかに細くて小さく華奢だった。

 そして、少し離れた場所に降り立ったブルーとは、同じ竜とは思えないくらいの大きさに違いがあった。

 何しろクロサイトの頭の先から尻尾までの長さ全部でも、ブルーの鼻の先から胴体までの長さに明らかに足りないのだ。

 そのクロサイトは、呆然とブルーを見上げたまま尻尾の先だけをプルプルと震わせていた。

「えっと、クロサイト。元気になって良かったね」

 誰も話そうとしないので、とりあえずレイが話しかけてみた。

 ぎこちなくこっちを向いたクロサイトは、レイを見て首を傾げた。

「初めてみる人。誰?」

「えっと、はじめまして。僕の名前はレイルズだよ。よろしくね」

「あの古竜の主だよ」

 隣にいたロベリオの声に、クロサイトは嬉しそうに喉を鳴らした。

「我はラピスラズリ、ラピスと呼ぶが良い」

 頭上からの声に、クロサイトは上を見上げて頷いた。

「ラピスのお爺ちゃん、助けてくれてありがとう」

 その瞬間、近くにいた全員が堪える間も無く吹き出した。

「お、お爺ちゃん……」

「確かに、生まれて数年のクロサイトからしたら……お爺ちゃんかも」

「お、お前、怖いもの知らずだな」

「お前がそれを言うか」

 三人が笑いを堪えながら話しているのを聞いて、レイも笑いを堪えてブルーを見上げた。

 ブルーは無言でじっとしている。しかし、尻尾の先がプルプル震えているのを見ると、ブルーも笑うのを必死で堪えているようだった。

「さすがに、それは無いよね。ブルー」

 腕を叩いてやると、我に返ってこっちを向いたブルーは真剣な声でレイに言った。

「これは、怒るべきか?それとも冗談だと笑うべき所か?」

「えっと……あの子は冗談じゃ無くて本気みたいだけど、ブルーはお爺ちゃんって言われるのは嫌?」

「血族以外からそう呼ばれるのは心外だな」

 少しムッとしたようなブルーの様子に、レイはため息をついてクロサイトに話しかけた。

「えっと、ブルーはそう呼ばれたく無いみたい。普通にラピスって呼んでもらえば良い?」

「それで良い」

 大きく頷くブルーを見て、レイはもう一度クロサイトに話しかけた。

「そうなんだって。ラピスって呼んでくれる?」

 怒ったようなブルーの様子に慌てていたクロサイトは、何度も大きく頷いた。

「分かりましたごめんなさい。ラピス、助けてくれてありがとう。すごく体が楽になったよ」

 声も、ブルーと違って明らかに子供の声だ。

「それは良かった。もう紫根草は全て取り除いてやったから大丈夫だ。しっかり食べて栄養をつけて早く元気になって会いに行ってやれ。其方の主が寂しがっておるだろうに」

「クロサイトの主も、怪我をして入院中なんだよ。だから、俺達が定期的にここへ来て様子を知らせてやってるんだ」

 ユージンの言葉に、ブルーは頷いた。

「そうか、それは大変だな。早く主に会えるように頑張れ」

 大きな顔をクロサイトの鼻先に寄せた。お互いにキスするように鼻先を突き合わせる。

 これは竜同士の挨拶で、特に初対面の竜同士で行う行為だ。そのままクロサイトは翼を小さく畳んでブルーの鼻先に自分の顔を喉を鳴らしながら頭を下げるように擦り付けた。

 これは明らかに位の違う竜が行う行為で、上位の相手に従うと自ら申し出る意味を持つ。

「良い子だ。大事にしなさいクロサイトよ」

 ブルーは、それを受け入れて静かに喉を鳴らした。

 無事に挨拶のすんだ二頭を見て、周りの者達はほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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