今後の予定と知らない事
「へえ、いろんな祭事があるんですね」
一通りの資料を読み終わったレイの言葉に、同じく資料に目を落としていたルークが苦笑いして頷く。
「降誕祭の期間中の竜騎士の役割で割と皆に知られているのなら、やっぱりこの、中庭とお城のツリーに火を灯して歌を奉納する、始まりの歌かなあ」
初めてオルダムへ来たレイも、マークやキムと一緒に降誕祭のツリーを見に行った。とても綺麗で感動したのをよく覚えている。
だけど翌日には、あのテシオスとバルドの悪夢の悪戯のせいで闇の眷属である闇蛇が現れ、危うく大惨事になるところだったのだ。不意にあの時の事を思い出したレイの手が止まる。
あの時はブルーが放った青い稲妻のおかげで無事に闇蛇を撃退する事が出来たが、逆に言えば、ブルーでなければあの場であそこまで完璧な闇の眷属の駆除と浄化は出来なかっただろう。
その際に、ブルーが放った青い稲妻のせいで精霊魔法訓練所の建物の壁に大穴を開けてしまい、その後しばらくの間、精霊魔法訓練所の建物は使用する事が出来なかったのだ。
補修された壁の部分は、今でも他とは違う妙にそこだけ綺麗な色をしていて遠目に見ても明らかに違いが分かる。
誰もあの時の事を一切口にはしないけれども、誰にとっても、それは忘れられない降誕祭の象徴となっている。
今は遥かに遠いエケドラの地にいる彼らの無事と立ち直りを信じているレイは、ようやく最近になってあの壁を見ても胸が痛まなくなったのだ。
無言になるレイに気付いたルークが、心配そうにレイの顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「う、うん……ちょっと思い出していました」
誤魔化すように笑って首を振ったレイは、一つため息を吐いて、手にしていた書類を持ち直した。
「始まりの歌、今年は僕も参加するんだね。上手く歌えるかな」
神殿関係では、今までは主に楽器を演奏するのがレイの役割だったため、まだそれ以外の役割での祭事への参加は数えるほどだ。
春分や冬至など、天文学も関係する暦に従った祭事には参加した事があるが、それらはどれも、いわば参列するだけで特に大きな役割は無く、精霊王に捧げる歌や女神オフィーリアに捧げる歌、それら奉納の歌を一緒に歌った程度だ。
だが、この降誕祭から続く年末年始までのひと月半ほどは、竜騎士達もほぼ毎日誰かが何らかの祭事に参加している程に様々な祭事があるのだ。
特に、今まではほぼ全てが貴族の人達や軍人達を前にしてのお勤めだったのだが、ここからは一般の人達の目に触れる祭事にも参加する事が多くなる。
特に今年は、レイとカウリにとって正式に紹介されて以降初めての降誕祭となる。
まだジャスミンやニーカは表立った部分には出て来ないので、ある意味竜騎士見習いであるレイと、正式な叙勲を受けて間がないカウリは、貴族達だけでなく一般の人々にとっても密かな注目の的になっているのだ。
その辺りの人々の興味を嫌というほど知ってるルークは、おそらくまだその辺りの自分の立場を実感出来ていないであろうレイを苦笑いしつつも、優しい眼差しで特に何も言わずに見つめていたのだった。
それから、資料に沿ってとにかくそれぞれの祭事の際の竜騎士の果たす役割や、実際にどんな事をするのかといった詳しい話をルークとラスティの二人から聞いたレイは、もう必死になってメモを取り、時折質問も交えながらそれはそれは真剣な数時間を過ごしたのだった。
「はあ、何これ。覚える事だらけで大変です〜〜〜!」
メモ書きだらけになった資料にそう叫んで突っ伏したレイを見て、ルークはもう少し前から遠慮する事なく笑っている。
「まあ、そう言いたくなる気持ちは分かる。俺も最初の年は、今のレイルズと全く同じ事を叫んでジルに笑われた覚えがある」
「レイルズ様、大丈夫ですよ。もちろん準備は我々が致しますし、きちんと事前にどういった事をするのかも改めて説明して差し上げますから」
苦笑いするラスティの言葉に、突っ伏したままうんうんと何度も頷いているレイだった。
「ところで、この後の予定って聞いているか?」
散らかった資料を片付けながらのルークの質問に、顔を上げたレイが笑顔になる。
「はい、観劇なんだって聞きました。僕、劇を見るのって初めてです」
「おう、まあ今回の劇はいわゆる子供劇だからな。普通の観劇とはちょっと違うけど、お前なら楽しめると思うぞ」
「子供劇?」
聞きなれない言葉に、レイは不思議そうに首を傾げる。
「ええ、知らないのか? ……ああ、そうか。子供が三人だとさすがに出来ないか」
驚いたようにレイを見たルークだったが、納得したようにそう呟いて小さく頷く。
レイの生まれ育った自由開拓民のゴドの村には、レイを含めて男の子が三人しかいなかった。
降誕祭には村の大人達からの合同のプレゼントを少しはもらえていたが、街の子供達や貴族の子供達が当たり前にしている降誕祭の様々な事柄をレイはほとんど知らないままだ。
「まあ、今にして思えば、もうちょっと未成年の間に外との交流があっても良かったかもな」
ラスティと顔を見合わせて肩をすくめたルークは、別にしてあった今夜の観劇に関する資料をレイに渡した。
「こっちが、今夜行く子供劇に関する背景も含めた詳しい説明。まあ、精霊王の物語を空で言えるくらいに読み込んでいるお前なら、多分、子供劇でも楽しめると思うぞ」
不思議そうにしつつ受け取った資料を読み始めたレイは、目を輝かせてルークを見て何度も頷き、こちらの資料もそれはそれは真剣な様子で読み始めたのだった。




