慣れない事はするものじゃあないよな!
「ううん……」
「なあ、起きてるか……?」
「一応……」
「さすがに、昨夜は飲み過ぎたよなあ……」
「だなあ……頭痛い……」
「俺も……」
並んだベッドに揃ってうつ伏せのまま消えそうな声でそう言ったマークとキムは、揃って大きなため息を吐いて頭を抱えた。
昨夜は、急遽二人揃って呼び出されてよく分からないままに行った夜会で、放浪の賢者の衣装を着て可愛らしい盾を持ち、舞台に上がる貴族の方々を制限時間を超えたところで強制退場させるという大役を仰せつかったのだ。
それはそれは緊張しながら行ったのだが、レイルズとも会えたし、彼の見事な竪琴の演奏まで聴かせてもらえた。
もちろん、レイルズを含めて何度も貴族の方々を盾で取り囲んで舞台から下がらせると言う、ある意味とんでもないお役目も果たし、話に聞いていたように怒る人こそいたものの、特に暴力を振るわれる事も無く無事に大役を果たしきる事が出来た。
しかも、夜会が終了した時点で帰ろうとしたところで別室へ連れていかれ、なんと夜会で余った料理やお酒を振舞ってもらえたのだ。
レイルズと一緒に西の離宮へ行った時のような豪華な料理の数々に、二人もそれはもう夢中になって食べた。先輩達と先を争うようにして食べた。
残り物だと言うワインも頂いたが、これまたどれも絶品で、皆して貴族の人達はいつもこんな贅沢をしているのかと感心しきりだった。
そして、夢中になって食べて飲んだおかげでどうやら飲み過ぎてしまったらしく、何度考えても部屋に帰ってきた時の記憶が無い。
若干嫌な予感もするが、一応部屋で寝ているのだから無事に帰って来たのだろう……多分。
なんとか頭の中でそこまで思い出したところで、マークは割れそうな頭痛に思わず声を上げた
隣では、キムが枕に抱きついたまま同じように頭を押さえている。
「ウィンディーネ、良き水をお願いします……」
「俺も、お願いします……」
並んだベッドに突っ伏したままのマークとキムの情けない声に、現れた何人ものウィンディーネ達が、ベッドサイドに伏せた状態で置かれていたカップを叩き、くるっとひっくり返してから良き水をいつもの位置まで用意してくれた。
「ありがとうな」
大きなため息を吐いてからなんとかベッドに手をついて起き上がったマークが、苦笑いしながら並んで自分を見ているウィンディーネ達にそう言って手を伸ばしてカップ掴んだ。そのまま一息に飲み干す。
「うああ、美味い! もう一杯お願いします!」
両手でカップを持って、ウィンディーネ達にそう言いながらカップを差し出す。
一瞬でカップの縁に移動してくれたウィンディーネ達は、眉間に皺を寄せてため息を吐いているマークを呆れたように見ながら、カップを縁を叩いてまた良き水を出してくれた。
それからもう二杯出してもらってそれも飲み干したマークは、そこでようやく復活した。
「はあ、いつもながら良き水の威力はすげえな。喉が乾いてたのも治ったし、頭痛もほぼ治ったぞ」
腕を伸ばして強ばった体を解したマークは、まだ枕に抱きついて全く起きる様子のないキムの背中を思い切り叩いた。
「ふぎゃあ!」
突然の攻撃に、キムが飛び上がって悲鳴を上げる。
「いい加減に起きろって。ほら、ウィンディーネの姫が良き水を出してくれているぞ。いいから起きてまずは良き水を飲め!」
もう一回今度は後頭部を力一杯叩いたマークは、ベッドから起き上がって自分の体を見る。
「あはは、昨夜はこのまま寝たのかよ。制服が皺くちゃじゃねえか」
いつも着ている第四部隊の制服は、無理な体勢で寝た為に襟元から腕周りの辺りが特に皺だらけになっている。
「これはいくらなんでも駄目だな。後で霧を吹いて伸ばしておかないと皺が残りそうだ。ううん、これは湯のしをかける方が早そうだな。後で借りてこよう」
とにかく皺だらけの制服を脱いで、ひとまずハンガーにかけておく。そして下着姿のまま、新しい制服を壁に作り付けられた棚から取り出して手早く着替えていった。
それから、入り口横のいつも剣帯を掛けてある場所に自分の剣帯が無いのに気付いて真っ青になる。
「ええ、ちょっと待て。剣が無いぞって……あ、あった」
慌てて部屋の中を見回して気が付いた。何故か、いつもの場所とは反対側にある荷物などを置いておく側の壁面にある大きな金具に、二人の剣帯が剣ごとまとめて引っ掛けられていたのだ。
それを見て、安堵のため息が漏れる。
「ああ、良かった。どこかへ放り出して帰っていたら責任問題だよ。ううん、全然覚えていないけど、多分これは自分で掛けたんだろうな。まあいい、こっちは特に問題無いみたいだな」
ため息を一つ吐いてから二人分の剣帯と剣を外し、問題がない事を確認してからまとめて持ち、いつもの場所に剣帯は引っ掛けておき、取り外した剣はいつもの剣置き場に並べて置く。
「うん、慣れない事はするもんじゃあないよな! 気をつけよう」
もう一度ため息を吐いたマークは、ようやく起き出して良き水を飲み始めたキムを見て、さっきよりもさらに大きなため息を吐いたのだった。
「ああ、十点鐘の鐘が鳴ってる。思いっきり寝過ごしたな。だけどまあ、元々今日は休みにするつもりだったから、もうこのまま休みでいいよな」
腕を上げて背中を思い切り伸ばしたマークは、やっと目を覚ましたらしく、こちらも制服姿のまま寝てしまっていた事にいまさらながら気がついて慌てるキムを見て思い切り吹き出したのだった。
そして顔を見合わせた二人は揃ってもう一度吹き出した。
「なあ、本当に慣れない事はするもんじゃあないよな!」
「だよなあ。本当にその通りだと思うぞ」
しわくちゃになった制服を脱ぎながらのキムの言葉に、身支度を終えたマークは遠慮なく大笑いしていたのだった。




