それぞれのお疲れ様
「この国の前身であるファンボーデン王国で、六百年前の降誕祭にて演奏されていた失われた旋律……その譜面を手に入れる事ができたなんて。ああ、本当に素晴らしい。レイルズ様! 演奏していただき、ありがとうございました! 心から感謝します!」
感激のあまり頬を真っ赤にしたウィーティスさん達は、揃ってものすごい勢いでそう言ってレイに向かって頭を下げると、目を輝かせてブルーのシルフを見た。
「ラピス様にも心からの感謝を。本当にありがとうございました!」
三人揃ってもう一度頭を下げる。
部屋にいる面々は、面白そうに黙ってそんな彼らを見つめている。
『我も久し振りに懐かしい曲を聞けて楽しかったよ。せいぜい頑張って、良き曲に仕立ててくれたまえ』
今のブルーは、普通の伝言のシルフと同じ声で話している。精霊の見えない人達には、姿も伝言のシルフと同じように見えている状態だ。
「もちろんです。あの、ちなみになのですが……」
『ああ、恐らく今の其方が考えている通りで大丈夫だ。特段変わった編曲はされておった覚えはないな。そのまま素直に、な』
何やら含みのある言葉に、レイは分からなかったがウィーティスさん達は分かったらしく、それぞれ真剣な顔で頷くと、改めて深々と一礼した。
それから、書き上げた譜面を大事そうに抱えて退場していった。
ウィーティスさんは、ゲルハルト公爵の所へ行って何やら楽しそうに話をしていたが、笑った公爵に思い切り背中を叩かれて声なき悲鳴を上げて悶絶していたが、しばらくして笑顔で先ほどの二人の後を追って帰っていった。
「手間をとらせてしまったね。レイルズも協力を感謝するよ。幼馴染の役に立てて私も嬉しい」
笑ったゲルハルト公爵の言葉に、明らかに身分が違うお二人の関係が密かに気になっていたレイは、お二人が幼馴染なのだと知って納得していた。
「それにしても美しい旋律だったね。ちょっと弾いてみたくなったな。ヴィオラを持ってきてもらえるか?」
近くにいた執事にそう命じて、飲んでいたワインを飲み干す。
すぐに用意されたヴィオラは何故か二丁ある。それを見て笑顔で立ち上がったのは隣に座っていたディレント公爵だ。
立ち上がった二人を見たレイが、笑顔で座り直して竪琴を構える。両公爵も揃ってヴィオラを構えた。
「では、今度は僕が伴奏しますから、どうぞ主旋律をお願いします」
笑顔のレイの言葉に頷き合った両公爵は、特に打ち合わせもせずに弾き始めた。
先ほどレイが演奏したのと同じ曲だが、楽器が竪琴からヴィオラに変わっただけで全く違うように感じられる。
笑顔で頷いたレイは、ニコスのシルフ達の教えてくれる和音を合間合間に合わせながら、時折即興で伴奏も加えていく。
両公爵のヴィオラの腕はそれは見事なもので、のんびりと葉巻を燻らせていた人達も、ワインを片手に陣取り盤に向かっていた人達も、それぞれの手を止めて突然始まった何とも贅沢な演奏に、それぞれうっとりと聞き惚れていたのだった。
「いやあ、お見事」
「素晴らしかったよ。これは、しっかり編曲されたのを宮廷楽団が演奏してくれれば、素晴らしい曲になるだろうね」
演奏を終えた三人に、部屋にいた全員から惜しみない拍手が送られたのだった。
「ありがとうございました!」
目を輝かせるレイの言葉に、嬉しそうに頷いた両公爵がまた別の曲の演奏を始め、突然始まった贅沢な演奏会はその後ヴィオラの奏者を変えて何曲も続き、途中からはレイも竪琴の演奏を終えて貴腐ワインを頂きながら、皆と一緒に贅沢な演奏会を楽しんだのだった。
「おかえりなさいませ。休暇明けでいきなりの夜会でしたから、お疲れだったのではありませんか?」
「うん、楽しかったれす!」
完全に酔い潰されこそしなかったが、最後はかなり飲まされたおかげで真っ赤になったまま戻ってきたレイを見て、湯を使うのは危ないと判断したラスティは軽く体を拭った後、早々に寝巻きに着替えさせてベッドへレイを連れて行った。
「おやすみなさい。明日も蒼竜様の守りがありますように」
ベッドに倒れ込むなり、そのまま寝落ちしてしまったレイを見て小さく笑ったラスティは、いつものお休みの挨拶をして額にキスを贈る。しかし、いつもなら返ってくる返事はなく、代わりに気持ちの良さそうな寝息が聞こえてきた。小さく笑ったラスティは、そっと羽根布団を被せてやる。
「おやすみなさい。良い夢を」
もう一度小さくそう呟いたラスティは、レイが脱いだままになっていた竜騎士見習いの制服をまとめて持つと一旦下がって服を置いてきてからすぐに戻ってきて、部屋の明かりを消してから改めて部屋を出ていった。
ラスティのする事を黙って見ていたブルーのシルフは、ぐっすり眠っているレイの枕元へ座って柔らかの頬に何度もキスを贈ったのだった。
「ええ、こんなに頂いていいんですか!」
「うわ、すっげえ!」
一方、無事に怪我もなく大役を終えたマークとキムは、控室で放浪の賢者の服からいつもの第四部隊の制服に着替え、荷物をまとめて戻ろうとしたところを先輩達の呼び止められて別室へ連れて行かれていた。
持っていた荷物は、何故か執事がワゴンに乗せて運んで行ってくれた。
そして通された広い会議室のような飾りっ気のない部屋に用意されていた豪華なご馳走の数々を見て、二人揃って歓喜の叫びをあげたのだった。
「このお役目は、大変だけどこの後が嬉しいんだよ」
「会場で余った料理を、応援に来た俺達に残しておいてくれるんだ」
「何があるかは毎年違うんだけどさ」
「今年は大当たりだぞ。肉がめっちゃある」
「このローストビーフ、一昨年食べたけどとんでもなく美味かったんだよなあ」
部屋には、各部隊ごとに来ていた応援の人たちが全員集まっている。
「注目!」
聞き慣れた号令に、目の前の料理に大騒ぎしていた一堂が一斉に黙ってその場に直立する。
進み出てきたのは、事務方代表のポルト大佐だ。
「ええ、今年も無事に大役を務め終えた諸君に、ささやかだが食事を用意した」
そこで言葉が区切られ、執事達がワゴンを押して進み出てくる。
ワゴンに並んでいるのは空のワイングラスで、その後ろに続くワゴンには、何本ものワインが並んでいるが、全て封が開いている。これも、会場で飲まれた残りのワインだ。
手早くグラスが全員に渡され、ワインが注がれる。
「料理はまだまだ充分にあるので、しっかり食べて行ってくれたまえ。ちなみにワインも美味いぞ。では、乾杯!」
「乾杯!」
ポルト大佐の乾杯の声に全員の声が重なり、普段一般兵である彼らが飲むお酒とは全く違う味わいに、ワインを飲んだほぼ全員の口から感激の声が上がった。
そしてワインのグラスを持ったままのほぼ全員が、並べられた料理に殺到して行ったのだった。




