即興曲?
一拍の休みの後、レイがゆっくりと即興の演奏を始める。
ごく軽く、軽く、一音ずつポロポロと弾いた後、両手で一気に弾き始めたそれは、不思議と懐かしさを感じる優しい調べだ。
一瞬、呆けたようにレイの演奏を聴いていたガンディだったが、満面の笑みで頷き、レイの手が止まってこっちを向いたのを見て即座に演奏を始めた。
それは、たった今レイが弾いていた旋律を、そのまま転調させて弾いたものだ。だが、それだけで全く違う曲のようになっている。
それに気付いたレイが、こちらも満面の笑みで大きく頷き、ガンディの演奏が止まったところでまた新しく即興の曲を弾き始めた。今度はやや早めの曲で、転がるような音の上下がまるで賑やかに降る雨音のようだ。
当然、ガンディもそれに続いて演奏を始めたが、今度はそのままではなく、似たような旋律で即興曲を弾き始める。
笑顔で交互に弾き交わす二人の見事な演奏に、会場中が釘付けになっている。そして我に返った人達が金額指定札を持って募金箱に殺到していた。
最後は、ガンディが砂時計の砂が落ちる直前まで演奏して、二人の鳴らす和音で無事に曲が終了した。
一瞬静まり返った会場から、大きな拍手が湧き起こった。
舞台の前に置かれた募金箱は、入りきらなかった金額指定札が山積みになっている。
立ち上がって一礼した二人は、笑顔で手を叩き合ってそのまま下がっていったのだった。
「いやあ、見事な演奏だった。聞き惚れてしまったぞ」
舞台袖に置かれた立派な椅子に座った陛下が、二人が下がってくるのを見て満面の笑みで立ち上がって拍手をする。
「陛下、忙しくしておる者達の邪魔をするとは感心しませぬな」
レイが何か言う前に、竪琴を抱えたままのガンディが呆れたようにそう言い、これ見よがしのため息を吐く。
「最初はここで立ってこっそり聴いておったのだが、どうぞお座りくださいと言われてしまってな。要る要らぬで押し問答する間も惜しんで座らせてもらったまで。言われずとも早々に退散するさ。この夜会では私は乱入者だからなあ」
笑った陛下はそう言って肩をすくめる。
「では、戻って一杯やりましょうか。少々飲みたい気分ですわい」
ガンディがそう言って笑いながら飲むふりをする。
「それはいい。では秘蔵の一本を出すとするか」
「おお、それは良いですなあ。で、何を賭けますか?」
「ガンディ! 賭け事は駄目です!」
身を乗り出したガンディの言葉に、慌てたようにレイがそう言って間に割り込む。
顔を見合わせた陛下とガンディは、ほぼ同時に吹き出した。
「おお、全くもってその通りだな。では、今夜は何も賭けずに野郎二人で大人しく飲むと致そう。其方は会場に戻りなさい」
笑った陛下にそう言われて背中を叩かれたレイは、笑顔で頷き直立して敬礼した。
「それでは、邪魔をしたな」
笑った陛下も軽く敬礼を返してくれ、ガンディと並んでそのまま執事の案内で下がっていった。
後ろ姿が見えなくなるまで見送り一つため息を吐いたレイは、用意されていた椅子を撤去する執事にお礼を言ってから、ずっと持ったままになっていた竪琴を担当の執事に預けて会場へ戻った。
「おお、やっと戻ってきたな。いやあ、素晴らしい演奏だったよ。特に後半の即興部分は見事だった」
「はい、戻りました。即興で弾くのはすっごく難しかったです」
竜騎士隊の皆に拍手で迎えられたレイは、照れたように笑いながらそう言い一礼した。
「いや、本当に見事だったよ。彼らは必死になって譜面を取っていたようだよ」
笑ったゲルハルト公爵がそう言って横目で見たのは、以前レイが即興曲としてアルカーシュの失われた旋律を弾いた際に、ゲルハルト公爵に紹介された宮廷音楽家のウィーティスさんだ。
何人かで集まり、顔を突き合わせて何やら興奮気味に話をしている。
「あれあれ、もしかしてまた聞かれちゃう?」
手帳を手に、興奮気味に話をしている彼らを見て、レイは苦笑いながら小さくそう呟く。
先程の舞台で弾いた後半部分の即興は、最初の部分とその後の部分は、ブルーのシルフやニコスのシルフ達に教えてもらいながら弾いたものだ。何も知らずに弾いたが、もしかしてあれも同じような曲なのだろうか。
顔を上げたウィーティスさん達が、戻ってきたレイに気付いて慌ててようにこっちへ駆け出してくるのを見て、笑ったレイはすぐそばにいるブルーのシルフを見た。
「良い?」
ごく小さな声でそう尋ねると、笑ったブルーも何も聞かずに頷いてくれた。
笑顔で頷いたレイは、レイのすぐそばで整列したウィーティスさん達を見て口を開いた。
「えっと、お久しぶりです。じゃあまた、別室でもう一回演奏すればいいですか?」と。




