二つの竪琴
「うわあ、すごく綺麗な竪琴ですね」
ケースから取り出されたそれを見て、レイが目を輝かせる。
レイの持つ竪琴よりも全体に一回り大きなそれは、全体に濃い飴茶色をしている。
随所に細やかな装飾が施されていて、支柱上部のクラウンと呼ばれる部分には、立体的なミスリルの花が嵌め込まれているし、その支柱部分にはレイの竪琴と同じく精霊達がまるでかくれんぼをしているかのように表情豊かに彫り込まれていた。
また斜めになった胴の部分には、これもレイの竪琴と同じく見事な象嵌細工が施されていた。
「これは竪琴職人だった父上が、儂の成人前の最後の降誕祭の贈り物として作ってくれた竪琴でな。そりゃあ嬉しかったさ。飛び跳ねて皆に笑われたのを覚えてるよ、なにしろ父上の作る竪琴は憧れだったからなあ。以来ずっと、何処へ行くにもこれだけは肌身離さず持ち歩いておった。若い頃には、道端でこれを弾いて日銭を稼いだ事もあるな」
何でもない事のように言われて、うっかり聞き流しそうになったレイの動きが止まる。
「待って、ガンディ。今……道端でこれを弾いて日銭を稼いだって、言った?」
「おう、言うたぞ。まあ、若い頃には過ちの一つや二つや三つや四つくらいするさ」
「ええ? 過ちの数がずいぶんと多い気がしますけど?」
呆れたようなレイの言葉に、吹き出したガンディは竪琴を抱えて大笑いしている。
「其方も言うようになったのう。そうじゃよ。確か若かった頃の、一時期冒険者の真似事をして各地を放浪しておった時の事じゃな。まあ、酔った勢いで交わしたとある賭けに大負けしてなあ。装備から手持ちの道具、有り金全部小銭まで残らず巻き上げられて、その日の宿どころか飯を食う金も無くなってしもうてなあ。唯一これだけは、ギルドへ預けてあったので無事だったんじゃよ。それで、仕方がないので道端でこれを弾いて金を稼いだのさ。物珍しさもあって、かなり儲かったぞ。興行をせぬかと旅の一座に誘われて、しばらく一緒に旅をした時期もあったな。いや、懐かしい。まあ、今考えたら、相当な無茶をしたと思うがなあ」
懐かしそうに目を細めて竪琴を撫でているが、話す内容はとんでもない。
「ガンディ、それに賭け事は向いていないみたいだから、やめた方が身のためだと思います」
真顔のレイの忠告に、もう一度豪快に噴き出したガンディだった。
「へえ、これはお父上が作ってくださった竪琴なんですね。すごく素敵です」
身を乗り出すみたいにして覗き込むレイの言葉に、ガンディも嬉しそうだ。
「其方の竪琴も、実に素晴らしいな。それはオルベラートの貴族が持っていた竪琴だと噂で聞いたが、誠なのか?」
笑ったガンディの言葉にレイも笑顔で頷き、置いてあった自分の竪琴を手に取る。
「これは、ぼくの家族のニコスがオルベラートの貴族のお屋敷で執事をしていた時に、仕えていた若様が持っていた竪琴なんだって。形見の品としてニコスの手に渡って、それでここへ来て初めての年の降誕祭の贈り物として僕の手元に来たんだよ。僕もとっても気に入ってるんだ」
「ん? すまぬがその竪琴、ちょっと見せてもらっても良いか?」
急に真顔になったガンディがそう言って手を伸ばすので、不思議に思いつつ頷いて持っていた竪琴を手渡した。
「これは、まさか……おお、間違いない」
顔を近づけて、彫り込まれた細やかな精霊達の彫刻を見て、象嵌細工の部分をそっと撫でる。そして、竪琴を構えてそっと弦を弾いた。
聞き慣れたいつもの音が響く。
「間違いない。これは父上の作だ。なんと見事な細工であろうか……まさか、まさか今になって父上の新しい竪琴に会える日が来ようとは、なんと嬉しいことか」
涙ぐんで竪琴を撫でるガンディの言葉に、レイは驚きのあまり目を見開いて絶句する。
「ええ、これってガンディのお父さんが作った竪琴なの?」
今まで、誰がこれを作ったかなんて考えもしなかったけれど、確かにこれだけの見事な竪琴を作れるほどの人なら、他にも同じ人が作った竪琴があってもおかしくはないだろう。
「ああ、そうだよ。ほら、ここを見てご覧。父上のサインが記してある」
笑ったガンディの言葉に驚いて覗き込むと、弦を張っている下側部分の響板と呼ばれるやや幅が広くなった部分の端のところにある、小さな線を示した。
「ええ、これって木目の模様じゃあないの。僕、今までずっとこの木の模様だと思ってました」
「いや、これは父上のサインだよ。邪魔にならぬように、いつもこうやって木目に紛れるようにして記していたのさ。ほら、儂の竪琴にも同じのがあるだろう?」
一旦竪琴をレイに返し、置いてあった竪琴を抱えたガンディは、満面の笑みで同じ箇所を指差した。
「ああ、本当だ! 全く同じ模様になってる!」
二つの竪琴を並べてみて全く同じであるのを確認したレイは、こちらも満面の笑みになる。
「そうだったんですね。じゃあ今度ニコスにも教えておきます。この竪琴の作者が分かったって!」
目を輝かせるレイの言葉にガンディも笑顔で頷く。
「そうだな。ぜひ知らせてくれ。それでその際には、ニコスのご主人がこれをどうやって手に入れたのか聞いておいてくれ。父上が竜人の郷から出たと言う話は聞かぬ。偏屈者ゆえ人の世界へ出るのを嫌がってったから、これがどうやってそのオルベラートの貴族の手に渡ったのか知りたいよ」
ガンディに偏屈者と言われる程の人がどれほどなのかちょっと気になったレイだったが、賢明な事にそこのところは何も言わずに、黙って笑顔で頷いたのだった。




