酔っ払い達と次の演奏準備
「おかえりなさい! 見事な演奏でした!」
見事な演奏を終えて会場に揃って戻ってきたマイリーとヴィゴに、レイは満面の笑みでそう言いながら駆け寄る。
「おう、ちょっと苦労したが、まあまあなんとかなったな」
「確かに、今回はかなり酷かったからなあ。だがまあ、あれだけ弾けば文句は出るまい」
満足そうなヴィゴの言葉にマイリーも苦笑いしながら頷いている。
「で、今年は何を賭けたんですか?」
にんまりと笑うルークの小声の質問に、二人もこれ以上ないくらいの笑みになる。
「ふふふ、聞いて驚け。グラスミア産の五十五年ものだよ」
顔を寄せて同じく小さな声で答えたマイリーの言葉に、ルークは咄嗟に叫びそうになるのを何とか堪えて、右手で自分の口を押さえた。
「うお、すっげえ。お願いですから一口だけでもいいから俺にも飲ませてください!」
「なんだ、一口でいいのか?」
目を輝かせるルークの言葉に、ヴィゴが平然とそう言って笑う。
「うああ、嘘です。一口と言わずもっと俺にも飲ませてください!」
小さな声でそう言いながらヴィゴの太い腕にすがるルークを見て、マイリーも口元を押さえて横を向いて笑っている。
「五十五ね、わふう!」
隣にいて三人の会話が漏れ聞こえたレイが不思議そうにそう言いかけた途端に、ルークの腕が即座に伸びてレイの口を塞いだ。
「はい、今聞いたのはすぐに忘れろ〜〜」
そう言いながら、レイの頭の上を押さえてぐるぐると回し始める。
「ふぎゃあ、何するんですか〜〜!」
「はあい、ぐるぐる〜〜〜」
「何を遊んでるんだよ。もう酔ったのか? せっかく美味いワインを見つけたから持ってきてやったのに」
その時、ユーリの声がしてレイの頭を振り回していたルークの腕を掴む。
「おう、ユーリ。ちょうど良かった。ちょっとそっち側捕まえていてくれ。こいつ無駄に大きくなりやがって、一人だともう捕まえるのも大変なんだよ」
「軍人でもない俺に、そんな無茶振りするな。俺にこんなでかいのを押さえられるわけないだろうが」
当然のようにそう言い放ったユーリの言葉に、レイとルークが揃って吹き出すのは同時だった。
「じゃあ代わりに捕まえてやるよ」
笑ったヴィゴがそう言い、太い腕でレイの腕から首を確保するように回して背後から捕まえる。
「無理〜〜」
さすがにヴィゴに捕まると、レイもそう簡単には逃げられない。
諦めて降参したところで、ユーリが持ってきてくれたワインを一緒にいただく。
そこからは主にオルベラート産のワインの話をユーリに聞かせてもらいながら、一緒に舞台を見て、せっせと募金箱に金額指定札を入れていたのだった。
「レイルズ様、そろそろお時間でございますので、舞台のご準備をお願いいたします」
赤い腕章をつけた執事の言葉に、おつまみのチーズを口に入れたところだったレイは、ワイングラスを執事に見せながら無言のままで何度も頷く。
急いで飲み込み、手にしていたワインをゆっくりと飲み干す。
「はい、お待たせしました。えっと、それじゃあいってきます」
「おう、頑張ってな」
ルークとユーリが、飲んでいたグラスをそろって掲げてくれる。それを見たヴィゴとマイリーも、揃って飲みかけていたグラスを掲げてくれた。
もう一度笑顔で一礼したレイは、執事の案内で一旦会場から出て案内された控え室に入る。
次の舞台はガンディとの共演なので、当然そこに待っているのはガンディだったのだが、なぜかそこには陛下が一緒に座っていて、ガンディと向き合って座り陣取り盤を指している真っ最中だったのだ。
「陛下、こんなところで何をなさっておられるんですか!」
咄嗟に直立して慌てるレイの言葉に、顔を上げた陛下がにんまりと笑う。
「そりゃあ、賭けに勝った身としては、ちゃんと命じた依頼が達成されるかどうか、見届けねばならぬであろう? それより其方、これと一緒に演奏する曲は知っているのか?」
駒を動かしながら左手でガンディを指差す陛下の言葉に、レイは得意げに頷く。
「もちろんです。ああ、でも何度も練習では弾いた事がありますが、よく考えたら公の場で弾くのは初めてですね。ううん、大丈夫かな」
最後は少し自信なさげな声でそう呟く。
「其方の竪琴の演奏を見る限り、充分大丈夫だと思うから安心しなさい」
笑った陛下がそう言い、僧侶の駒を進める。
「さて、そろそろ時間かな? では私は舞台袖で見物させてもらう故、しっかりと演奏してくれたまえ」
にっこりと笑ってまだ直立したままだったレイの腕を軽く叩いた陛下は、別の執事と一緒に部屋を出ていってしまった。
「もしかして、ガンディはずっとここにいたんですか?」
明らかに陛下が有利な状態で止まっている盤上を見ながら、呆れたようにそう尋ねる。
「当然であろうが。あのような場に儂が行って何を話せと?」
いっそ開き直ったようなその言葉に、思わず吹き出す。
「確かにそうだね。えっと、僕の竪琴は……ああ、ここに置いてくれてあった。ねえ、ガンディはどんな竪琴を使うんですか?」
壁際に置かれた大きなテーブルの上にレイの竪琴と並んで、レイが使っているものよりも一回りほど大きなケースが置かれている。
「ああ、それは父上からもらった思い出の竪琴でな。人前で弾くのは久し振り故、間違わぬようにせねばな」
ふざけたようにそう言うと、立ち上がってケースの前に立つ。そしてゆっくりと蓋を開けた。
興味津々で中を覗き込んだレイは、取り出された見事な細工が施された竪琴を見て、歓喜の声を上げたのだった。




