レイの役割?
「僕はまだ見習いなのに、あんな偉そうな事を言って本当に良かったのかなあ」
強制退場により演奏を終えて会場へ戻りながら、レイはニコスのシルフ達に教えてもらった先ほどの自分の台詞を考えて、恥ずかしさに密かに身悶えつつそう呟いた。
『そんな事ないよ』
『主様は格好良かったよ』
『ちゃんと主様の真意は彼らに通じているからね』
『二人は気付いていないみたいだったけど』
『周りの先輩達は大感激していたからね』
『きっと今頃詳しく説明してくれているよ』
『良かったね主様』
最後の得意気ニコスのシルフ達の言葉に頷き、こっそり振り返って今は見えないマーク達が控えている衝立を見つめた。
「頑張ってね!」
小さな声でそう呟き、あとはしっかりと顔を上げて胸を張り、堂々と会場へ戻って行ったのだった。
「はあ、なかなかに忙しい夜会だねえ」
会場に戻り、集まってきた人達と笑顔で話をしていたレイだったが、一段落したところで先ほど預けておいたチョコレートの残りを受け取り、最後の一つを口に入れてそう呟いた。
いくつもある舞台を見る限り、今のところ知り合いはどこも演奏していない様子だったので、新たな金額指定札に金額をせっせと記入して寄付の準備をしながら次の自分の予定を確認する。
「えっと、次の演奏場所は右側の舞台なんだ。それならマーク達じゃあないからキッチリで良いかな? それともここでも強制退場で時間を稼ぐべき?」
さりげなく視線で次のお菓子を選びながら、少し考えてブルーのシルフを見る。
『別にどちらでも構わんだろう。其方の演奏はどれも相当な額の寄付を集めているようだからな』
笑ったブルーのシルフの言葉に、レイも笑顔で頷く。
「確かにそうだったね。金額指定札が募金箱からあふれていたもんね」
嬉しそうなレイを見て、ブルーのシルフだけでなくニコスのシルフ達まで現れて揃って何度も頷く。
『大活躍の主様だね』
『素敵素敵』
『それに皆笑顔だね』
『楽しい楽しい』
ニコスのシルフ達の言葉に続き、呼びもしないのに勝手に集まってきたシルフ達が揃って楽しい楽しいと言って笑い合っている。
「そうだね。僕も楽しいよ」
新たに出てきた、チョコレートシロップのタップリとかかったスフレケーキをもらい、金額指定札を募金箱に入れたレイは、笑顔でそう言って立ったまま早速スフレケーキを食べ始めた。
「まあまあ、食べたり歌ったりお忙しい事ですわね」
スフレケーキを食べ終えたところで話かけられて振り返ると、そこには束になった金額指定札を持った執事を従えたミレー夫人とイプリー夫人の二人だった。背後には婦人会の主だった人達の姿も見える。
何人かは既に挨拶をしていたが、そういえばミレー夫人やイプリー夫人とはまだ挨拶していなかった事に今更ながら気付き、慌てて順に挨拶をしたのだった。
「次のレイルズ様の演奏には、婦人会が共同で入札させて頂きました。素敵な演奏を期待していましてよ」
笑顔のミレー夫人の言葉に、レイが慌てて執事から渡された予定表を取り出す。
「ああ、そうなんですね、えっと演奏する曲は、空の彼方へ。僕も大好きな曲ですから頑張って演奏しますね。でも大丈夫かなあ。あれってかなり長い曲ですよね?」
「そうですわね。ですがさざなみの調べをあれだけ見事に演奏なさったレイルズ様なら、空の彼方へだって、きっと簡単に省略出来るのではありませんか?」
ミレー夫人の何やら言いたげなその言葉に、今回ばかりは容易に裏に込められた意味を即座に理解したレイがにっこりと笑う。
「そうですね。では時間きっちりで演奏を終えられるように頑張って省略……出来るかなあ」
最後は割と本気の呟きに、聞いていた女性陣が揃ってコロコロと笑い、レイもおかしくなって一緒になって笑っていたのだった。
「あら、次はルーク様とディレント公爵閣下の共演のようですわ」
「これは是非とも近くで拝聴しないと!」
「ほら、レイルズ様もご一緒に」
正面の一番大きな舞台にハンマーダルシマーを抱えたルークと、ヴィオラを手にしたディレント公爵が進み出てきて会場内がざわめく。
ルークとディレント公爵の仲直りはすでに周知されているが、実際に舞台で共演した事は数えるほどしかない。しかも今回は、セロを抱えたユーリまでが一緒に出てきたから驚くのも無理はない。
ディレント公爵家の嫡男であるユーリと、庶子であるルークの仲が良いのを知っているのは実はごく一部の人達だけで、色々と勘繰るつもりの人達にしてみれば、あの二人の仲が良いなんて事は有り得ない事なのだ。
なので実は、あの二人は仲が悪いのだとか、公爵閣下の顔を潰さないようにするためにわざわざ仲が良いように見せているだけだなどと、好き勝手言っている人達も多くいるほどなのだ。
冷静に考えれば、公式の場で竜騎士としての勤めがあるにも関わらず十年以上もディレント公爵を平然と無視し続け、どれだけの衆人環視の中であっても口をきこうともしないどころか目すら合わそうとしなかったルークが、今更そんな事を気遣う訳などないのは分かりそうなものなのに。
「ルーク様とユーリ様。仲が良いと聞きますが……本当ですの?」
イプリー夫人の小声の質問に、レイは満面の笑みで大きく頷く。
「はい、とても仲が良いですよ。公爵閣下が嫉妬なさるくらいに」
レイの答えに、何人もの夫人達が驚いて目を見開き周りに集まってくる。
そこでレイは、内緒ですよと前置きをして、実はディレント公爵閣下と仲直りをするずっと以前から二人はとても仲が良く、事情を聞いたアルジェント卿の協力で、まるで逢引のように人目を忍んで会っては一緒に遊んでいた話をした。
「まあまあ、それは驚きですわ」
「そこまで仲がよろしいなんて」
「素敵な事ですわねえ」
人目を忍んで逢う、その事の意味を完全に勘違いしている一部のご婦人達の目が別の意味で輝いていたのをレイは全く気付かずに、嬉々として二人の仲の良さを一所懸命力説していたのだった。




