子守唄と強制退場の発動!
「いるいる。せっかく張り切って待機してくれているんだから、ここは期待に応えないとね」
嬉しそうに笑って小さくそう呟いたレイは、そっと手にしていた竪琴にキスを贈った。
「えっと……演奏する曲は、竜と揺り籠。ううん、これも案外長い曲だから、時間を超えないように気をつけないとね」
にんまりと笑ったレイは、わざとらしくそう呟いて竪琴を抱え直した。
レイの前に舞台で演奏していたのは、ヴィオラを演奏している髪も髭も真っ白な年配の大柄な男性で、やや乱暴な演奏ではあるが、会場中に響き渡る力強いヴィオラの音に周りにいたシルフ達は大はしゃぎしていたのだった。
だが、実は今回のように複数の舞台で同時に演奏がされている場合、あまり大きな音で演奏するのは礼儀知らずとして嫌がられる行動なのだ。
この奏者は、息子に子爵家の家督を譲って隠居している元軍人でもある人物で、今は卿の称号をいただいているのだが、少々乱暴で粗忽なところがあり、特にご婦人方からは避けられたり嫌がられる事も多い人物なのだ。
だが軍部内には知り合いも多いため入札数はそれなりにあり、毎年この夜会では、それなりの高額で落札されてもいるのだ。
「見事な演奏だったけど、ちょっと音が大きすぎだね。他の奏者の方に失礼だよ」
ごく小さな声でそう呟き、苦笑いするレイだった。
『確かにそうだね』
『だけどあの人物は全く気にしていないみたいだったね』
『演奏する時はもう少し周囲に気を配らないとね』
呆れたようなニコスのシルフ達の言葉に、レイも困ったように頷く。
「確かにそうだね。僕も気をつけないと」
小さく笑って、それでも時間ちょうどに演奏を終えた舞台上のその人物に、レイも笑顔で拍手を贈るのだった。
ヴィオラを手に舞台から下がってきたその人物とすれ違う時に軽く一礼する。
向こうも竪琴を手にしたレイを見て、笑顔で一礼してくれた。
そのままゆっくり進み出て、担当の執事が即座に用意してくれた椅子に座る。
深呼吸を一つしてから、砂時計担当の執事に合図を送ってすぐに演奏を始めた。
「幼き吾子のまつ毛を揺らす」
「風を送るは聖なる翼」
「やさしき竜の腕の中で」
「眠れる吾子の愛おしきこと」
前奏代わりの軽い和音を奏でたあとに、口を開いたレイがゆっくりと歌い始める。
男性にしてはやや高めのレイの歌声は、とても耳に心地良い。観客達はうっとりとその優しい歌声に聞き惚れ、直後に慌てたように募金箱に金額指定札を押し込み始めた。
「眠れや眠れ揺り籠の中」
「薫風来たりて新芽を揺らし」
「眠れや眠れ揺り籠の中」
「無垢なる吾子のまつ毛を揺らす」
「眠れや眠れ揺り籠の中」
「閉じたまぶたに祝福を」
「聖なる竜の守りをここに」
「聖なる竜の守りをここに」
砂時計をチラリと見たレイは、笑顔でそのまま演奏を続けた。
「眠れや眠れ揺り籠の中」
「降誕祭の雪降る夜に」
「眠れや眠れ揺り籠の中」
「無垢なる吾子の愛しき笑みよ」
「眠れや眠れ揺り籠の中」
「思いを込めたキスを贈ろう」
ここで間奏が入る。
笑顔のレイは、素早い指使いで吹き寄せる風を表す流れるような音を見事に奏でる。
決して大きくはない音での演奏だったが、多くの人達がその演奏にうっとりと聞き惚れ、また、我に返って慌てたように募金箱に金額指定札を入れてくれた。
ここで終われば時間内だがまだ少し早い。長めの間奏を終えたレイは、笑顔でまた歌い始めた。
「幼き吾子のまつ毛を揺らす」
「風を送るは聖なる翼」
「優しき竜の腕の中で」
「眠れる吾子の愛おしき……」
「そこまでなり〜〜!」
その時、唐突に大きな声が響きドタドタと足音を立てて放浪の賢者の衣装を身にまとったマーク達が、派手な盾をかざしながら椅子に座ったレイごとぐいぐいと押し始めた。
「そこまでなり〜〜!」
耳元で聞こえた、マークとキムも大声に咄嗟に吹き出したレイが、両足を広げて踏ん張り、驚いて止まった歌をもう一度歌い始めた。
「やさしき竜の、腕の、中、で」
「眠れる、吾子、の、愛おし、き、こ〜と〜〜〜」
椅子ごとぐいぐいと押され、笑いながらそれでも必死になって息を切らしつつ踏ん張って演奏と歌を続けるレイの様子に、会場から大きな笑いと拍手が上がる。
しかし、押されて踏ん張るもゆっくりと右方向に動いていくレイが座る椅子。
そして、笑顔で次々に募金箱に集まる人達。
笑ったルークとマイリーとヴィゴも、金額指定札を何枚も持って募金箱に手を伸ばした。
「そ〜こ〜ま〜で〜〜〜〜!」
舞台上の押し合いはしばらく続き、唐突に舞台の床を叩く石突きの大きな音がして、終了の宣言がなされる。
とうとう我慢出来ずに吹き出したレイが、降参とばかりに演奏をやめて竪琴ごと両手を上げる。
またどっと笑いが起こり、大きな拍手の中をレイはマーク達に押されて退場していったのだった。




