強制撤去とは
「うああ〜〜無事にきっちり終わってくれた〜〜〜!」
「冗談抜きで、時間超えたらどうしようかと思ったよ」
「だよなあ。両公爵からは、自分達であっても遠慮はいらないって言質を取ってはいるけど、さすがに陛下やアルス皇子殿下に手出しは出来ないよなあ」
舞台袖で、放浪の賢者の衣装を着て付け髭をつけ、あの可愛らしい丸盾を持ったマークとキムの呟きに、周りにいた先輩達が揃って吹き出す。
「だから、最初の演奏は絶対に大丈夫だって言っただろうが」
「公爵閣下は、どちらのお方も毎年ほぼ時間ぴったりで演奏を終えてくださるんだよ」
「いやあ、さすがの演奏と歌だったなあ」
「陛下やアルス皇子殿のヴィオラ、それに王妃様や妃殿下の歌を間近で聞かせていただけるなんて、役得だよな!」
目を輝かせて、先ほどの舞台の様子を小声で話をする先輩達を見て、ただただ乾いた笑いをこぼす事しか出来ないマークとキムだった。
この強制撤去役には、一個小隊に若干名を加えた程度の人数が毎年各部隊から奉仕活動の名目で派遣されていて、実はこの夜会の名物でもある。
派遣される兵士達には部隊単位で精霊王の物語の中の人物が決められていて、必ず軍服ではなくその役柄に応じた衣装を着て小物を持つ。第四部隊は毎年、この放浪の賢者役が担当なのだ。そして、それぞれ部隊単位で担当の舞台を決められていて、今はその舞台袖で待機している。マーク達第四部隊の担当は、この正面にある一番大きな舞台なのだ。
赤い腕章をつけた執事が必ず数名舞台袖に控えていて、出演者達の時間を管理している。なので当然、彼らが出動の際には指示を出してくれる。
一応やり方の説明は聞いているが、自分達よりもはるかに身分が上の方々を相手に、本当にそんな事をしてもいいのかと、いまだにビクビクしている二人だった。
大きな拍手と歓声を受けて、笑顔の両陛下と陛下が下がってくる。
マーク達は慌てて後ろに下がれるだけ下がって直立した。
「おお、放浪の賢者殿。お勤めご苦労」
笑った陛下がそう言いそのまま通り過ぎる。しかし一番後ろにいたレイが、二人に気付いて目を輝かせた。
「ああ、マーク! キムもいるね! あはは、その衣装よく似合ってるよ」
無邪気なその言葉に、足を止めたアルス皇子と陛下が揃って吹き出して振り返る。
「おお、マーク軍曹にキム軍曹もいるのか。なんだ、其方達が控えていたのなら、遠慮なく時間延長したのに」
「お、お許しください!」
直立したままで血相を変えて必死になって首を振る二人を見て、陛下は笑いを堪えていたのだった。
「邪魔したな。ではしっかり頑張ってくれたまえ」
次の参加者の演奏が始まったのを見て、笑って指を口元に立てた陛下が足早に去って行くのを、マーク達は直立したままで姿が見えなくなるまで見送ったのだった。
「おい、これは出るかもだぞ。準備しておけよ!」
舞台上にいる奏者の様子を見ていた先輩が、苦笑いしながら杖を持ち直す。
まさかの最初からの出動に驚いたが、マーク達も笑顔で頷いて盾を持ち直した。
そして息を殺してその時を待つ。
砂時計が落ち切っても、演奏に夢中の奏者は全く気が付いていない。
マーク達が聞いていても分かるくらいに上手ではないので、誰かに言われて、無理をして参加しているのかもしれないと、密かに気の毒に思ったマークだった。
しかし実際にはもっと上手な奏者なのだが、今回は、わざと調音していないヴィオラで上手く弾けるか、というお題があったのだ。
これが意外に難しくて、ついつい夢中で弾いていて時間を経過してしまったのだ。
「そこまでなり〜〜!」
この中では一番年長の曹長が大声でそう言い舞台へ走り出ていく。マーク達もそれに続いた。
杖を持つ二人の曹長が、杖を交差させて奏者の腕を押さえる。
「そこまでなり〜〜!」
マーク達も声を揃えて大声でそう言うと、盾をかざしてそのままグイグイと奏者の太ももの辺りと背中を押していく。
吹き出した奏者は、それでも抵抗! とばかりに両足を広げて踏ん張り無理矢理腕を動かして、でたらめな音での演奏を続ける。
どっと会場がから笑いが起こり、次々に募金箱に金額を記入した金額指定札が入れられていく。
ぐいぐいと押すマーク達と、笑いながらも必死になって踏ん張りながら演奏を続ける奏者。
それを見て、大喜びで募金箱に金額指定札を入れる人がまた増える。
「そ〜こ〜ま〜で〜〜〜〜〜!」
年長の曹長が押さえていた杖を引いて、大きく振りかぶって床に石突きを打ち付ける。
鈍い音が響き、降参とばかりに両手をあげた奏者は、笑いと共にマーク達に押されて舞台から下がっていった。
それを見て大きな拍手が沸き起こった。
「きょ、強制撤去って、本当に強制撤去だったんですね!」
楽器をひとまず担当の執事に預けて会場に戻ってきたレイは、自分達の次に演奏していた人が、放浪の賢者達によって文字通り舞台から強制撤去させられるのを見て思いっきり吹き出した。
「うわあ、これって……でも、ちょっとやってみたいかも」
小さくそう呟き、先ほど渡された演奏の予定表を見る。
「ね、いいよね?」
嬉しそうに笑ったレイの言葉に、肩に座っていたブルーのシルフが吹き出す。
『そうさなあ。どうやら強制撤去中は寄付金を入れる者達が多く出るようだから、其方が良いと思うのならばしっかり延長すれば良かろう。だが、わざとらしく延長するのではなく、夢中になっていて気付かなかった体をなすのが良いと思うな』
大真面目なブルーの言葉に、レイも満面の笑みで頷く。
「じゃあ、最初の演奏はぴったりで終わらせて、マーク達の舞台に出る時に是非やってみようっと」
これ以上ないくらいに嬉しそうにそう言ったレイは、ロベリオが一番大きな舞台で演奏を始めたのに気付いて、慌てて金額指定札にルークから教えてもらった倍の金額を記入して、募金箱に駆け寄ったのだった。




