演奏の開始と乱入者達の登場!
「では行っておいで」
両公爵の挨拶が一通り済んだところで、笑った陛下がそう言ってそっとレイの背中を押してくれる。
「はい、では行ってまいります」
笑顔でそう言ったレイは、背後にいる陛下に一礼してから竪琴を抱えて舞台に上がった。
彼の登場に、会場にいた人達が静かに騒めく。両公爵から少し下がった位置にあらかじめ用意されていた小さな椅子に、会場に向かって一礼してから座る。
それを見た両公爵が持っていたヴィオラをそれぞれに構えるのを見て、レイも竪琴を構える。
二人の奏でるやや早めの旋律に合わせて、レイもリズムを合わせて素早い指使いで演奏を始めた。
「ラピス、そこにいるか?」
レイが舞台に出てから、陛下が小さな声でそう呟く。
『ここにいるぞ』
当然のように現れて答えるブルーの使いのシルフに、陛下が笑って舞台を指差す。
「ラピスは知らぬだろうから教えてしんぜよう」
何事かと陛下を見るブルーの使いのシルフに、陛下は何故かにっこりと笑う。
「毎年、この時期に開催される両公爵主催の寄付集めの夜会は、あくまでも慈善事業の一環として行われるものだが、実はもう一つ大きな意味があってな」
『大きな意味?』
やや不審げなその言葉に、笑顔の陛下が頷く。
「そう、まずこの両公爵と共に最初の演奏の舞台に上がる若者は、二人から特に将来を期待される優秀な人物が選ばれる」
驚きに目を見開くブルーの使いのシルフに、陛下は大きく頷く。
「この夜会で演奏したくて、二人に伝手を頼って自分を売り込むものは後を絶たぬ」
『おやおや、それは大変だな』
面白がるようなブルーの言葉に、陛下も苦笑いしつつ頷く。
「今夜のこれは、彼の今後の扱いにも大きく影響するな。特に彼のように、依るべき家を持たぬ者にとっては大きな意味を持つな」
『ほう、それは有り難い事……なのか?』
やや警戒するようブルーのシルフの言葉に、陛下が苦笑いする。
「そう警戒せずともよい。別に何か含むところがあるわけではないさ。本当に言葉の通りだよ」
『では、素直に感謝しておくとしよう』
「ああ、そうしてくれ。まあ、我らが乱入するのはお節介だが、その効果はさらに上がるだろうな」
笑ってそう言うと、陛下は舞台裏にも関わらず手にしていたヴィオラをゆっくりと構えた。その背後では、同じくヴィオラを手にしたアルス皇子も同じようにそれを構えた。
マティルダ様とティア妃殿下の手には、ミスリルの鈴がいくつも取り付けられた短い杖がある。今は左手で押さえられているので音が鳴る心配はない。
頷いた陛下の合図で、女性二人が手にしていた鈴を大きく打ち鳴らし、陛下とアルス皇子の二人がヴィオラに当てた弓を大きく引いた。
何事かと驚く会場を見て笑った陛下とアルス皇子は、そのまま演奏しながら二人並んで舞台へ文字通り駆け出して行った。
素早い動きで鈴を賑やかに打ち鳴らす女性二人も、早足で陛下とアルス皇子の後に続いた。
レイが椅子に座ったのを見て頷いたディレント公爵の合図で演奏が始まる。
曲は、ポルカと歌声。
オルベラートで人気のある、ポルカと呼ばれる二拍子の軽快なリズムの曲だ。
ティア妃殿下がオルベラートから嫁いで来られて以降、夜会や昼食会などでポルカが演奏される機会が一気に増えた。
それまでは比較的ゆっくりとした曲が多かったのだが、この素早いリズムと賑やかな足捌きのダンス、そして大人数でも歌える楽しげな歌の数々。
ポルカは特に若者達を中心に人気となり、今ではすっかり夜会での定番曲の一つにもなってもいる程だ。
レイが日常的に行なっている竪琴の練習曲の中にもポルカが入れられるようになり、あまり馴染みのなかったリズムの曲を必死になって練習していたのだった。
このポルカと歌声は、曲だけで演奏する事も出来るし、男女の比なく歌って踊る事も出来る人気の曲なのだ。
ただし、繰り返す素早いリズムと不意に上下に大きく飛ぶ音のせいで、演奏するにはやや難易度の高い曲となっている。
主旋律を両公爵が交互に弾き交わし、賑やかな伴奏をレイが担当する。
前半部分が終わり、軽くリズムを取った後に三人同時に弾き始めようとしたその時、突然賑やかな鈴の音が響き渡り、一瞬両公爵の演奏が止まる。
しかし、レイは気にせず演奏を続けた。
すぐに演奏は再開されたがその直後に舞台に乱入してきた四人を見て、会場からは驚きの声と笑い声、そして大きな歓声と拍手が沸き起こったのだった。
「踊ろう、踊ろう、楽しく回るよ」
「元気が無くても、泣くより、笑おう」
「楽しく、踊れば、愉快になってく」
「いつでも笑顔は、近くにあるから」
「歌おう、歌おう、楽しく響くよ」
「ほら見てこんなに、いい笑顔!」
笑顔のマティルダ様とティア妃殿下が、手にしたミスリルの鈴のついた杖を振りながら、並んで手を取って歌いながら小刻みなステップを踏む。
完全に舞台を乗っ取られた両公爵が、顔を見合わせて揃って吹き出し演奏を再開する。
まるで競い合うみたいな賑やかな四台のヴィオラによる楽しげな演奏に、一緒に歌いながらひたすら伴奏に徹していたレイも笑顔になる。こんな楽しい舞台は初めてだ。
しかし、舞台横に置かれた大きな砂時計の砂は、一度ひっくり返されて二度目なのだがもうほぼ残っていない。
演奏しつつ、チラチラと砂時計の砂の残りを気にしていたレイだったが、陛下が一瞬目配せをくれたのに気付いた。
直後にニコスのシルフ達が一斉に現れて何本かの弦を示してくれる。その意味を理解したレイは小さく頷く。
そうした舞台内での一瞬のやり取りの直後に、全員そろっての和音で曲の演奏が無理矢理に終わる。
そして音が消えるのに合わせたかのように、砂時計の砂が落ち切って無くなった。
揃って笑顔で一礼してから手を振って舞台から降りる一同を見て、会場は笑いと歓声と大きな拍手に包まれたのだった。




