皇族の方々と共に
「し、失礼いたしました!」
なんとか自力で復活したレイは、その場で立ち上がって直立してそう叫んだ。
「ああ、構わないから楽にしなさい。ちょっと驚かせようとしただけなのに、まさかそんなに驚くとは思わなかったよ。すまなかったね。怪我はしていないかい?」
「ごめんなさいね。ちょと驚かせようと思っただけなのに」
笑った陛下だけでなく、申し訳なさそうなマティルダ様にまでそう言われて、レイは笑顔で首を振った。
「もちろん大丈夫です。ちゃんと受け身を取って転がりましたから、どうかご心配なく!」
何故か胸を張って断言するその様子に、男性陣が揃って吹き出す。
「そう、よかったわ。それでどうかしら。舞台をご一緒していただけまして? これは命令ではなくて、お願いだからね」
悪戯っぽい笑顔のマティルダ様のその言葉に、今度はレイが吹き出す。
「失礼しました。もちろん喜んで伴奏を務めさせていただきます!」
「私は、歌でお邪魔させていただくわ。アルスと陛下はヴィオラよ」
「私も、歌で参加させていただきますわ。どうぞよろしく。レイルズ」
マティルダ様の言葉に、ティア妃殿下も笑顔でそう言って一礼する。
「はい、よろしくお願いします!」
目を輝かせるレイに、皆笑顔になる。
それから改めて、まずは最初に両公爵も一緒に演奏する曲の説明を執事から受けた。ここではガンディは参加しない。
「ええ、確かに練習はしましたけれど……」
『大丈夫だよ』
『ちゃんと教えてあげるからね』
『任せて任せて』
公の場で初めて演奏するその曲に戸惑うレイを見て、ニコスのシルフ達が笑顔で請け負ってくれた。
「頼りにしてるよ。いつもありがとうね」
密かに安堵のため息を吐いたレイは、小さな声でそう言ってそっと三人にキスを贈った。
「あら、その子達はずいぶんと大きなシルフなのね」
ニコスのシルフ達に気づいたマティルダ様の言葉に、レイは驚いて顔を上げる。
今のように、普段こっそりと声を伝えてくれるような時には、他の人達は全く反応しない。なのでてっきり彼女達の姿が見えていないのだとばかり思っていたのだが、マティルダ様だけでなく陛下やアルス皇子、それにティア妃殿下も興味津々でニコスのシルフ達を見つめている。ガンディは、黙ったまま何も言わない。
「えっと、この子達は……」
いつものように、ブルーの連れていたシルフ達だと説明しようとしたのだが、何故かニコスのシルフ達が揃ってレイを見てから首を振った。
「まあ、こんなところで元気な貴女達にまた会えるなんて……とても嬉しいわ。そう、今はレイルズと一緒にいるのね」
うっすらと涙を浮かべたティア妃殿下の言葉に納得する。
恐らくニコスが幼いティア妃殿下のお世話をしていた時に、彼女達も姿を表して一緒にいたのだろう。もしかしたら一緒に遊んであげたりしていたのかもしれない。
『人の子の成長は本当に早い』
『あんなに小さな泣き虫さんだったのにね』
『本当に驚きだね』
顔を見合わせたニコスのシルフの言葉に、その場にいた全員が笑顔になる。
『だけど今はとても良き笑顔』
『あの頃のような悲しみの感情は見当たらない』
『それはとても幸せな証』
『幸せ幸せ』
『よかった良かった』
最後は顔を見合わせて、幸せ、良かった、と連呼する彼女達の言葉に、ティア妃殿下とアルス皇子の二人が揃って真っ赤になる。
「そ、それは何より……」
誤魔化すようにそう言ったアルス皇子の言葉に、部屋は暖かな笑いに包まれたのだった。
時間になったので、一旦皆と別れたレイは執事に案内してもらって会場へ戻る。しかし会場へは入らず、そのまま一番大きな舞台裏にある、参加者達が控える場所へ向かった。
レイを見た、楽器を担当している執事の一人が、預けてあったレイの竪琴ともう一台の予備の竪琴を渡してくれる。
舞台では両公爵が出ていったところだったらしく、お二人が交互に今夜の夜会の参加者の方々への感謝の言葉と、寄付集めのお願いをしているところだった。
会場からは大きな拍手や、張り切って入れるよ、といった声があちこちから聞こえて、レイも笑顔で何度も頷くのだった。
「この演奏だけは、他と違って砂時計二回分なのだよ。とはいっても短いがな。さて、強制撤去されぬように頑張らねばな」
背後から聞こえた陛下の声に、レイはもう少しで声を上げるところだった。
周囲にいる執事達は、陛下やマティルダ様の姿を見ても誰も慌てる事なく、即座に対応してその場から下がっている。
「ああ、構わぬから仕事をしなさい。我らはあくまでも、乱入者、だからな」
乱入者、と言う不穏な言葉を強調する嬉しそうな陛下の言葉に、その場で一礼する執事達だったが、そのうちの何人かは必死になって笑いを堪えていたのだった。
『ん? さっきの打ち合わせでは、このまま出て行って彼らと一緒に演奏するだけなのだろう? 何が乱入者、なのだ?』
こういった社交界での暗黙の了解にはまだまだ疎いブルーの疑問に、にっこり笑ったニコスのシルフが嬉々として教えてくれる。
『ああ、成る程な。そういう意味での乱入者、か』
納得したように笑ったブルーのシルフは、一人首を傾げているレイの肩に飛んでいってふわりと座る。
『まあ、今回の其方はあくまでも伴奏役だからな』
「うん、そうだね。お邪魔にならないように頑張って演奏するから聞いていてね」
無邪気に笑うレイの言葉に、苦笑いするブルーのシルフだった。




