もう一つの入札
「えっと、あとはこれかな」
レース細工に入札を終えたレイは、その後も出品物を見て回って気になっていた刺繍の施されたツリーの飾りと、飾り用に作られた手のひらほどの大きさの竪琴にも入札をしてみた。飾りとは言っても一応弦が張られてて音も鳴るようになっているのだ。
「ああ、いいんじゃないか。これはお前の部屋にぴったりだな」
ルークにそう言われて、笑顔で頷く。
「他に入札している人がいたら、僕の書いた金額だと負けちゃうかもだけどね」
「まあ、それも楽しみのうちだよ。それじゃあ、次は向こうを見に行こう。さて、誰に入れようかなあ」
ルークの言葉に振り返ると、反対側の壁面にある掲示板を指差している。
「ああ、そっか。僕も誰かに演奏して欲しければ、入札すればいいんですよね?」
「そうそう。それともう一つ教えておくからな」
真剣な口調のルークの言葉に、慌てて居住まいを正す。
「舞台の横に、大きな箱があるだろう?」
指差された場所には、子供の背丈くらいはありそうな大きな木箱が置かれている。上部には細い隙間があるので、あれも入札用の箱なのだろうか? でも、番号も何も書かれてない。
「例えば俺が、お前に演奏してほしくて金貨一枚で入札したとする」
「うん!」
例え話に目を輝かせるレイを見て、隣でユーリがこっそり吹き出している。
「だけど、他の誰かがお前に金貨二枚で入札すれば、俺の分は無かった事になるよな」
入札とはそういうものなのでしょんぼりしつつ頷くと、苦笑いしたルークがさっきの箱をまた指差した。
「そんな時は、自分が寄付したいと思った金額を、その奏者が演奏中に金額指定札に書いてあの箱に入れるんだよ。そうすれば、入札者の金額に加算されて寄付されるって寸法だよ。もちろんこれは誰でも構わないから、あえて人気の人には入札はせずに、後から寄付だけする人もいるよ」
落札出来なくても寄付には参加出来る手段があると聞き、レイが嬉しそうな顔になる。
「ちなみにあの箱が空いているのは誰かが演奏中の間だけで、演奏が終わる度に違う箱に変えられるのさ。品物の入札は最高額の人が落札してそれで終わりだけど、演奏や歌なんかの行為に対する入札には追加の寄付制度があるんだ。だから演奏された人達は皆、演奏時間ギリギリまで頑張って演奏するわけだ」
「それで強制退場させられる人がしょっちゅう出るんだよな」
「あれは本当に最高だよな。だけど強制退場している間は、時間を超えていてもあの箱は開けたままだからその間は追加の寄付が出来るわけ。だから皆、大笑いしながら喜んで追加を入れるんだよな」
「だから、決めた金額を書いた金額指定札をあらかじめ用意しておくといいよ。そうすればいつでも入れられるからね」
「わかりました!」
笑顔で頷くレイを見て、ルーク達も笑顔になる。
「じゃあ、誰に演奏してもらおうかなあ」
ルークの呟きを聞いたレイも、びっしりと名前と番号が書かれた掲示板を見上げたのだった。
「へえ、個人だけじゃあなくて倶楽部単位での参加もあるんだ」
真剣に掲示板を見ていたレイが、倶楽部の名前が書かれた箇所に気付いてそう呟く。
「あ、竪琴の会の名前がある!」
自分の所属する倶楽部の名前を見つけてなんだか嬉しくなった。
「エントの会、ハーモニーの輪なんかはいつも大人気だから高額で落札されるし、追加の寄付金も相当な額になるって聞くよね」
ユーリの言葉にルークも笑顔で頷いている。
「確かに、そのあたりはいつも高額落札の代表格だよな」
それを聞いたレイは、この二つには入札はせずに追加の寄付金を入れるつもりになったのだった。
「あれ? 公爵様の名前がないね。主催者は参加しないのかな?」
ディレント公爵のヴィオラが聴きたくて密かに入札しようと考えていたレイだったが、掲示板には両公爵様の名前が書かれていない。
残念に思って小さくそう呟くと、声が聞こえたらしいルークが教えてくれた。
「両公爵は、一番最初と一番最後に演奏するから、その時に寄付出来るよ。なので入札に名前を書く必要はないからな」
「ああ、そうなんですね。じゃあ誰にしようかなあ」
割と真剣に悩んでいると、赤い腕章をつけた執事が脚立を持って掲示板の前に出てきた。
「あれ? 今頃掲示板に上げるって事は予定外の参加者だな。へえ、誰だろう?」
ルークの呟きに、レイも慌ててその執事が持っている名前の書かれた紙を見る。
会場に向かって一礼したその執事は別の執事が押さえてくれた脚立にあがり、掲示板の端にある何も書かれていない箇所に持っていた紙をピンで留めてから下りた。
そこに書かれていたな名前を見て、会場内にどよめきが走る。
そこには、ガンディの名前が書かれていたのだ。しかも演奏する楽器は竪琴。
「へえ、ガンディがこんなところに出て来るなんて珍しい」
「聞いた話だけど、彼が最後に人前で演奏したのって、確か今の皇王様が戴冠した時だったはずだよ」
驚いて声を上げるルークの隣では、ユーリも驚いた様子でそう言って目を見開いている。
「ええ、ガンディって竪琴の演奏が出来るの? それなら一緒に演奏したかったのになあ」
同じく驚いたレイの呟きが聞こえた周囲の人達の目が、意味ありげに揃ってキラリと輝いたのに気付いていないのは、当のレイルズだけなのだった。




