クラウディアとニーカ
「では、本日はここまでにしましょう。かなり頑張って予習をしてきたようですね。休暇明けだと聞いていたのに、素晴らしい」
ティミーにしっかりと教えてもらったおかげで、今日の古典文学の授業はいつもよりもかなり進む事が出来て教授は感心しつつ嬉しそうに笑っている。
「えっと、実は予習はして来たんですがあまりよく解らなくて、午前中の自習時間にティミーに教えてもらったんです」
少し得意げなその言葉に、教授も納得したように頷く。
既に、精霊魔法訓練所内でもティミーの秀才ぶりは有名になっている。
「それは素晴らしいですね。どうぞしっかりと教えてもらってください。ああ、良い機会ですから是非とも読書家のレイルズにも、もっと古典文学の楽しさを知ってもらいたいものですねえ」
苦笑いする教授の言葉に、レイも困ったように笑っている。
実を言うと、すでに何冊かお薦めしてもらった本を図書館で借りて読んでいるのだが、どうにもよく分からなくて途中で挫折しているのだ。
「えっと、そうですね。頑張ります」
誤魔化すように笑って、散らかっていた机の上を片付ける。
「ありがとうございました」
教室を出ていく教授を見送ってから、手早く戸締りをして廊下に出る。
「お疲れ様、どうでしたか?」
ちょうどこちらも教室から出てきたところだったティミーが、目を輝かせてレイに駆け寄る。
「うん、しっかり予習してきたって褒めてもらったよ。ありがとうね」
「お役に立てて良かったです。僕の方も、いつもよりも計算が早かったって教授に褒めてもらえましたよ」
嬉しそうなその報告に笑い合った二人は、ティミーの頭上で手を叩き合った。
「お疲れ様。私達はお祈りの時間があるので、先に帰らせてもらうわね。じゃあまた!」
今日は三人揃っての授業だったみたいで、同じ教室から出てきたクラウディアが、廊下にいたレイとティミーに笑顔で手を振る。
「そうなんだね。お勤めご苦労様」
もう少しゆっくり話をしたかったけれど、お祈りの時間があるのなら早く帰らなければいけないだろう。
それぞれに鞄を持って早足で廊下を歩いて帰る三人を見送る。
「お忙しそうですね。ロベリオ様から聞きましたが、年明け早々にニーカも竜騎士隊の本部へ引越して来られるみたいですね」
「やっぱりそうなんだね」
「はい、それで後ほど改めてマイリー様かルーク様からお話があると思いますが、ニーカは本部へ引っ越して来るのに合わせて巫女としての位は返上して、いわば一旦還俗した形になるらしいですよ。せっかく勉強して三位の巫女の資格を取ったのに、残念ですね」
「ああ、そうなんだね。ニーカの身分については、どうなるのかちょっと気になっていたけど……やっぱり返上しちゃうんだ」
「まあ、ニーカもジャスミンと同じで将来は竜司祭となるのが確定しているわけですからね。今の竜騎士様と同じ身分として竜司祭が扱われるのなら、逆に下位の資格である三位の巫女の資格が邪魔になるからなのでしょうね」
「確かにそうだね。ふうん、色々と難しいんだね」
ため息と共に小さくそう呟かれた言葉に、ティミーも苦笑いしつつ頷く。
「この辺りは、タドラ様が神殿側と交渉を重ねてくださったそうです。さすがですね」
「タドラも凄いよね。皆凄すぎて、全然参考にならないよ。僕にしか出来ない事なんて、本当にあるのかなあ」
レイの不安げな呟きに、驚いたティミーが口を開きかけた時、賑やかな足音と共にマークとキムが教室から出てきた。
「無事に講義終了〜〜!」
二人の得意そうな声が揃い、レイとティミーが笑顔で拍手をする。
「お疲れ様でした。マークとキムも凄い!」
笑ったレイの言葉に二人が揃って照れている。
「あれ、ニーカ達は?」
「もしかして、もう帰ったのか?」
無理やり話題を変えた二人にレイが小さく吹き出して頷く。
「夕刻のお祈りの時間があるんだってさ。大急ぎで帰って行ったよ」
「ああ、そりゃあ大変だな。じゃあ、俺達も帰るか」
来た時と違って、持って来ていた資料を全部配って身軽になった二人がそう言い、四人は並んで厩舎へ向かったのだった。
レイ達と別れて大急ぎで神殿の分所に戻った三人は、先に部屋に駆け込んで持っていた荷物を置いた。
クラウディとニーカは同じ部屋なので、一緒に入ってそれぞれの戸棚に鞄を戻す。
「こうやって一緒にいられるのも、あと少しになったね」
小さなため息を吐いてお祈りの為の数珠を手にしたニーカの呟きに、同じく数珠を手にしたクラウディアも黙って頷く。
顔を見合わせて笑顔になった二人は、どちらからともなく手を伸ばしてしっかりと抱き合った。
「大丈夫よ。貴女ならきっと大丈夫。私だって寂しいけど、別に貴女との縁がこれで切れるわけじゃあないわ。貴女とジャスミンは、伴侶の竜と共に新しい年に新たなお役目につくのよ。それはレイと同じで、貴女にしか出来ない、精霊王より与えられし聖なる努め。大丈夫、きっと大丈夫よ」
「うん、頑張るから……頑張るからこれからも、友達でいてね」
最後は消えそうな小さな声で呟かれた言葉だったが、すぐ側にいたクラウディアの耳にはしっかりと聞こえていた。
「もちろんよ。竜騎士隊の本部へ行った後でも、お話がしたい時には、いつでもシルフを寄越してくれて良いんだからね」
全く新しい場所へ行く不安に小さく震えているニーカを、クラウディアは無理をして笑って、もう一度その小さな身体をしっかりと抱きしめてやったのだった。




