友達との時間
「お待たせ!」
鞄を持ってティミーと一緒に厩舎に駆け込んで来たレイを見て、先に来て準備をしていたマークとキムは揃って直立した。
「おはようございます!」
二人の声の揃った他人行儀な挨拶に一瞬何か言いかけたレイだったが、苦笑いするティミーの視線に気付いて誤魔化すように軽く咳払いをした。
「おはようございます。じゃあ行こうか。ああ、ありがとうね」
既に鞍と手綱を装着していたゼクスを第二部隊の兵士が即座に引いて来てくれたので、お礼を言って手綱を受け取り、持っていた鞄を鞍の背後にあるカゴに放り込む。
ティミーも自分のラプトルに飛び乗るのを見て、レイもゼクスに飛び乗った。マークとキムもそれに倣う。
厩舎の外では、すでに準備を終えた護衛の者達が待ってくれている。彼らとも挨拶を交わしてから一緒に精霊魔法訓練所へ向かった。
「今日は少し寒いし曇り空みたいだけど、雨は大丈夫かなあ」
お城沿いの広い道を並んで進みながら、護衛の者達が少し下がって控えてくれているのを見てからマークが空を見上げてそう呟く。
確かに、雨の心配をしたくなるくらいの鈍色の雲をたたえた空が頭上に広がっている。
「ああ、それなら心配いらないよ。今日は曇りだけど雨は降らないんだってさ」
同じく空を見上げたレイの言葉に、マーク達は笑顔で揃って頷く。
ブルーの天気予報の的中率が完璧であるのは、彼ら自身もよく知っているからレイの言葉を疑う事すらしない。
「ああ、それなら安心だな。今日は午後からの講義の為の資料を山ほど持って来ているから、濡れると後が大変なんだよな」
そう言って自分の乗るラプトルのカゴにぎっしりと押し込まれた大きな包みを見る。
「確かに、あれを濡らしたら俺は泣くぞ」
「それなら俺も一緒に泣いてやるから心配するな」
「わあい、一緒に泣いてくれるって〜〜嬉しいなあ〜〜」
そう言って顔を見合わせた二人が、揃って吹き出し大笑いしている。
資料が雨に濡れた程度なら、上位の精霊魔法を使える彼らならさほどの苦労もなくすぐに乾かせるだろう。二人ともそれを踏まえての軽口なのだが、二人の会話を聞いていたレイが慌てたように口を開きかける。
しかし、いつものようにすぐに何か言うのではなく、口をつぐんで考え込んだ。
「ん? どうかしたか?」
急に考え込んだレイの様子に気付いたマークとキムが、揃って不思議そうにレイを見る。
「今のは分かった。別に濡れても大丈夫なんだけど、それを踏まえての軽口なんだね」
得意気なレイの言葉に、さっきとはまた別の意味で揃って吹き出した一同だった。
「まあ、だけどレイルズもこういうふざけた会話にかなり慣れて来たよな」
「確かに。いい事だよ。この調子でどんどんいこう!」
「わあい。褒められちゃった〜〜〜」
笑った二人の言葉に、レイがわざとらしく棒読みでそう言いまた揃って吹き出したのだった
「いいなあ…… マーク軍曹もキム軍曹も、公の場ではこれ以上ないくらいにしっかりと弁えて絶対に公私混同しないようにしているのに、人の目がない所だとあんな風に、お互い遠慮せずに軽口が叩き合えるんだ。そんな友達って、僕にはいないから羨ましいなあ」
彼らから少し離れて護衛の者達と一緒にラプトルを進めていたティミーは、彼らには聞こえないくらいの小さな声でそう呟いて小さなため息を吐いた。
成人すれば爵位を継ぐ事が確定しているティミーには、彼らのような身分を超えた個人的な友人というものがいない。
大学でも、まだ未成年の生徒はほとんどいない事もあって、なかなか同年齢の友人というものが出来ないのだ。
もちろん、マシュー達のように同じ貴族の子息の立場の友人は何人もいるし、大学内でもティミーの身分を知った上で付き合ってくれる人は多い。
だがそれらの殆どは、同じように親の爵位を継ぐ事が確定している貴族の長男であったり、あるいは将来伯爵となる事が確定しているティミーに、いわば身分ありきで仲良くしてくれる人達ばかりだ。
別にそれが間違っているとは思わない。貴族社会において、相手と自分の身分を弁えて付き合うのはある意味当然の事なのだから。
だからこそ、身分を超えて当たり前のようにあんな風に笑い合える彼らの存在が、ティミーにはたまらなく羨ましい存在でもあるのだ。
「でも、きっと僕にしか出来ない事だってあるよね」
彼の護衛の者達が、少し心配そうに様子を伺っているのに気付いたティミーは、何でもないかのように顔を上げてレイの横にラプトルを寄せた。
「レイルズ様、僕より年上なんだからしっかりしてくださいよ」
「うう、頑張ります。ああ! ねえティミー! 今日は古典文学の授業があるんだよ。お願いだから教えてください! 予習はしたけど全然分からないんだよ!」
笑ったティミーの言葉に、誤魔化すように笑っていたレイだったが、不意に慌てたように振り返ってティミーを見てそう叫んだ。
「相変わらず古典文学は苦手みたいですね。いいですよ。じゃあ自習時間に教えて差し上げます。代わりに僕に数学を教えてくださいね」
「うん、よろしくね! 数学ならなんでも聞いてくれていいよ!」
「古典文学も大概だと思うけど、レイルズの言う数学は、俺達が勉強しているのとは全くの別物なくらいに違う、高等数学だぞ。あんなの普通の大学生はやらないって」
得意げにそう言って笑うレイの言葉に、彼の勉強している数学の教科書の内容を見た事があるキムは、密かに呆れたようにそう呟いて首を振るのだった。
『今日は久し振りの精霊魔法訓練所で授業のある日か。皆、楽しそうだな』
レイの鞄に座ったブルーの使いのシルフの言葉に、並んで一緒に座っていたニコスのシルフ達も笑顔で頷く。
『ここには邪な考えを持つ者はいない』
『皆それぞれの職務に忠実で清廉な者達ばかり』
『これはとても稀有な事』
彼女達の言葉に、真顔になったブルーの使いのシルフも頷く。
『そうだな。大切な友との時間が長く続くよう、我からも祝福を贈っておくとしよう』
重々しい口調でそう言い、ふわりと飛んでレイの肩に座ってそっとキスを贈る。
「あれ、そこにいたんだね。気が付かなかったや」
笑ってキスを返したレイの言葉に嬉しそうに頷くと、マークとキムとティミーのところへ順番に飛んでいき、その頭上でなにやら不思議な仕草をした。
それだけでなく、護衛のもの達の頭上にも行くと、まとめてなにやら不思議な仕草をしてからレイの方に戻ってきた。
その姿が見えているマークとキムとティミーの三人は、不思議そうに頭上を見てから揃って首を傾げた。
『なんでもないから気にするな。ちょっとした厄除けのようなものだよ』
そんな彼らの視線に気づいたブルーの使いのシルフは、素知らぬ顔でそう言って、もう一度レイの頬にキスを贈った。
「あ、ありがとうございます!」
声を揃えてお礼を言う三人の言葉に、ブルーの使いのシルフは素知らぬ顔でそっぽを向きつつ、少し嬉しそうにしていたのだった。




