休暇明けの朝
「お疲れ様でした。湯の用意が出来ておりますので、どうぞお使いください」
本部の部屋に戻って来たところで笑顔のラスティにそう言われて、密かにため息を吐いたレイは笑顔で返事をした。
「はあい。ありがとう、ラスティ」
短い休暇だったが、その間にすっかり森の住民の気分に戻ってしまっていたレイは、帰ってきた途端に周囲から集まる様々な感情の籠った視線の数々に気付いて、見かけは平然としつつも、内心では大きなため息を吐いていたのだった。
「はあ、気をつけないとうっかり何かやらかしそうだ」
湯殿の横にある脱衣所で服を脱ぎながら、ようやく誰もいない部屋に来られて遠慮なく大きなため息を吐いたレイだった。
湯を使ってさっぱりした後は、同じく着替えていつもの制服姿に戻ったマイリーやルーク達と一緒に久し振りの食堂へ向かった。
しかし、ここでも第二部隊の兵士達からの無言の視線を集めているのに気付いて、密かにまたため息を吐いたのだった。
「えっと、明日の予定ってどうなっているんですか?」
いつものように山盛りに取ってきた食事を綺麗に平らげて、デザートのミニマフィンと果物を取ってきたレイは、カナエ草のお茶と一緒にそれを食べながら、のんびりとカナエ草のお茶を飲んでいるルークを振り返った。
「おう、明日はレイルズは精霊魔法訓練所の予定なんだけど、疲れているようなら……」
「大丈夫です! 行きます!」
ルークに最後まで言わせず、目を輝かせて即答する。
「あはは、元気でよろしい。じゃあ行っておいで。夜には両公爵主催の夜会の予定が入っているから、戻ったら早めに夕食だよ。これは俺達は全員出席の夜会だからな。一応、お前は竪琴の演奏を頼まれているから、少しは練習しておけよ」
「そうなんですね。分かりました。じゃあ、部屋に戻ったら少し練習しておきます」
両公爵主催の夜会ならば、錚々たる顔ぶれが揃うのだろう。
『明日は訓練所に行くんだって』
『行くんだってね』
『お知らせしないとね』
『お知らせしないとね』
少し離れた燭台に座ってレイ達の話を聞いていたクロサイトとルチルの使いのシルフ達は、嬉しそうにそう言うと、頷き合ってからくるりと回って消えていった。
もちろん、それぞれの主の元へ行って、レイの明日の予定をしっかりと報告したのだった。
食事を終えて部屋に戻ったレイは、部屋着に着替えて身軽になるとまずは明日の予習を始めた。
一通りの予習が終わると明日の準備をしてから竪琴を取り出した。
「ブレンウッドのドワーフさんが作ってくれたあの竪琴も、かなり綺麗だったよね。音はちょっと硬めだったけどさ」
皆で演奏したのを思い出しながら、まずは指慣らしを兼ねていつもの練習曲を弾き始める。
流れるように上下する竪琴の音は廊下にまで響き、廊下にいた執事達が嬉しそうに顔を見合わせて頷き合って、レイの部屋の前をゆっくりと歩いていった。
廊下に警備の為に立っている第二部隊の兵士達は、突然聞こえてきた転がるようなその優しい音に、素知らぬ顔をしつつも密かに聞き惚れていたのだった。
いつの間にか現れて机の上に置かれた楽譜台に座ったブルーの使いのシルフとニコスのシルフ達は、真剣な様子で竪琴の練習をするレイの様子を、いつまでも飽きもせずに見つめていたのだった。
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、ベッドに座って相変わらずの寝癖だらけの頭を撫でて小さく吹き出した。
「もう、やっぱり僕の頭で遊んでるし」
今朝の寝癖もなかなか豪快に絡まり合っている。
「本当に、何をどうやったらこんな頭になるんでしょうねえ」
笑いながらベッドから降りて大きく伸びをしたレイは、窓辺に駆け寄ってカーテンを開いた。
『おはようレイ。今朝は少し曇っているが、雨は降らぬから心配はいらぬよ』
「おはようブルー、そうなんだね。じゃあゼクスに乗って行けるね」
もう一度腕を伸ばして思いっきり伸びをしたレイは、ゆっくりと肩を回しながら洗面所へ向かった。
「もう! ちょっと何この頭! いつもより塊が大きい!」
ノックの音の後に白服を手にしたラスティが部屋に入って来た時、ちょうどレイの抗議する大声が聞こえて、洗面所を見たラスティは小さく笑う。
「おはようございます。レイルズ様、今朝も寝癖ですか?」
「おはようラスティ! もう大変なんだよ! 救援要請です! 今朝の寝癖はかなりの曲者です!」
「おやおや、それは大変だ。ではお手伝い致しま……」
開けたままだった洗面所に向かったラスティは、久しぶりに見た複雑怪奇な寝癖頭を見て、堪える間も無く吹き出して膝から崩れ落ちたのだった。
「おおい、朝練は休みか?」
開けたままだった扉から、ロベリオとティミーが顔を覗かせる。
「おはようございます! ちょっとだけ待ってください!」
ようやくいつもの髪に戻ったレイが洗面所から大慌てで駆け出してきて、豪快に寝巻きを全部まとめて脱ぐ。
それを見たティミーとロベリオは、呆れたように笑いながら黙って開いたままだった扉を閉めてやったのだった。
「お待たせしました!」
大急ぎでいつもの白服に着替えたレイが、ソファーに座って待っていてくれたロベリオとティミーの前で直立する。
「はい、ご苦労さん。それじゃあ行こうか」
「はい! よろしくお願いします!」
「相変わらず元気だねえ。マイリー達は全員まだ寝てるのにさ」
「僕は若いから元気なんです!」
無邪気に断言するレイの言葉に、大笑いしていたロベリオとティミーだった。




