お疲れ様
「もう少し右です! はい、そのまま降りてください!」
巨大な石板をベルトに装着してシルフ達に支えさせたブルーは、王立大学の広い庭にゆっくりと降下して行った。
連絡を受けてカナエ草のお茶とお薬を大急ぎでがぶ飲みした大学の教授達が庭に何人も駆け出して来て、ブルーの指示の下、シルフ達が巨大な石板をゆっくりと取り外して用意されていた台の上に載せるのを息を殺して見つめていた。
鈍い音を立てて巨大な石板が台の上に無事に載せられる。
『これでいいな。では後は好きにするが良い』
「ありがとうございました!」
整列した教授達が、ブルーに向かって大声でそう言って深々と一礼する。
『では我らはこれで失礼する。せいぜい頑張って解読してくれたまえ』
笑ったブルーはそう言うと、大きな翼をやや遠慮がちに広げてゆっくりと上昇していった。
王立大学の庭はあまり広くはなかったので、実はブルーは周りの建物に当たらないようにかなり遠慮して尻尾を丸めて降りていたのだった。
「古竜って、とんでもなく大きいよなあ……」
「だよな。俺、空を飛んでいる時なら何度かお見かけした事あったけど、やっぱり近くで見ると、とんでもなく大きかったよ。予想の倍以上だ。なんだよあの大きさ!」
「この建物より大きかったんじゃないか?」
「ああ! それは俺も思った!」
そして、突然現れた古竜が置いていった巨大な石板は、大学中の注目を集めていた。
「なんだよ。あれ」
「なんでも、完璧に文字が残っている極小文字の彫られた石板らしいぞ!」
「ええ! 大発見だろ、それ!」
急遽部屋に閉じ込められた学生達や研究生達は、しっかりと閉じられた窓から見える、間近で見た予想以上に巨大な古竜の姿に、好き勝手な驚きの声をあげていたのだった。
石板に駆け寄ってきた古代史研究の教授達や学生達が、全員揃って目を輝かせている。
「おい! 丸棒を持って来い! このまま倉庫まで運ぶぞ!」
一人の教授の叫ぶ声に、生徒達が一斉に持っていた重量物の載った台を動かす時に使う金属製の丸い棒を差し出す。
重量物運搬の専門の職員達が集まり、ゆっくりと巨大な石板は研究棟にある倉庫へ運ばれて行ったのだった。
「いきなり緊急招集がかかるから何事かと思ってすっ飛んできたら、まさかのラピス様がとんでもないお宝を運んで来てくださったとはねえ。しかも、極小文字が刻まれた石板? とんでもない大発見じゃないか」
「だよなあ。相変わらず、あいつはする事が色々とおかしいよ」
今日は今後の講義の打ち合わせの為に朝から大学まで来ていたマークとキムは、蒼竜様が大学の庭まで研究用の品物を運んでくださるので、念の為待機するようにとの連絡を受け、大慌てで出て来ていたのだった。
実際には特に何の問題もなく、荷物を下ろした蒼竜様はすぐにお戻りになったので、用が無くなった彼らは会議室に戻ってきたところだ。
「明日は久し振りに精霊魔法訓練所なんだけど、レイルズは来るかな?」
「どうだろうなあ。休暇明けだし、書類仕事とか溜まっているんじゃあないか?」
「ああ、それは有り得るなあ。だけど、しばらく会っていないから、久し振りに会いたいよな」
「それに、作った資料もかなり溜まってきたから、一度竜騎士隊の方々にも改めて見ていただきたいんだけどなあ」
打ち合わせを終えた資料の山が積み上がっている机の上を見て乾いた笑いをこぼした二人は、揃って大きなため息を吐いた。
「まあいい、とりあえず当分の間の予定が決まったんだから、後はもうやるだけだよ」
「だよなあ。新しい講義の相手は一般の学生とか言うけど、全員間違いなく俺達より年齢も身分も上だよなあ」
「もう、そこは諦めるしかないって。はあ、とにかく戻って資料の整理をしよう。ちょっと散らかしすぎだ」
「だな。整理上手なレイルズ君、お願いだから俺達の研究室に来ておくれ〜〜〜! 整理整頓って言葉の意味が分からないんだよ〜〜〜!」
キムが突然、両手を大きく広げて天井に向かって大声で叫び、それを聞いたマークが吹き出す。
「あはは、確かにそろそろ来てほしいよなあ。良い加減床が見えなくなってきているからなあ」
腕を組んだマークはそう呟き、キムと顔を見合わせて揃ってもう一度大きなため息を吐いたのだった。
「到着〜〜〜!」
石板を大学に引き渡したレイは、改めてお城の中庭にゆっくりと降りていくブルーを愛おしげに見つめていた。
「ん? いかがした?」
地面に降り立ったところで、首をもたげたブルーが不思議そうに振り返って自分の背中にいるレイを見る。
「何でもない。重い荷物を運んでくれてありがとうね、ブルー。皆喜んでいたね」
嬉しそうなレイの言葉に、目を細めて大きく喉を鳴らす。
「まあ、我には大した事ではないさ。あの石板の解読にはかなりの時間がかかるだろう。せっかく頑張って運んだのだから、古代史研究の教授達や学生達にはしっかりと働いてもらわねばな」
「そうだね。じゃあ、解読楽しみに待つ事にするね。えっと、ブルーはまた離宮の湖へ戻るんだよね?」
なんとなく別れがたくて、まだ背中に乗ったまま話をする。
「そうだな。久し振りに森の泉でゆっくり出来たので、別に眠くはないのだがな」
面白がるようにそう言ったブルーは、使いのシルフに命じてそっと頬にキスを贈った。
「だが、其方は疲れておるだろうから、早く部屋に戻ってしっかりと休みなさい」
「そうだね。確かにちょっと疲れたかも。何だかすっごく濃厚な五日間だった気がするね」
「そうだな。色々あったからな」
「レイルズ様、いかがなさいましたか?」
「大丈夫ですか?」
その時、いつまで経っても降りて来ないレイを心配して、鞍とベルトを外すために待ち構えていた第二部隊の兵士達の呼ぶ声が聞こえた。
「はあい、今降ります。ごめんね。ちょっとブルーとお話ししてました」
笑って下に向かって手を振ったレイは、一つ深呼吸をしてからブルーの使いのシルフにそっとキス返した。
嬉しそうに笑ったブルーにレイも笑って頷き、ようやく鞍から立ち上がった。そしていつものように、軽々とその背中から飛び降りる。
当然のようにシルフ達が受け止めて、ふわりと地面に着地する。
「それじゃあ、お疲れ様。ブルーもゆっくり休んでね」
差し出されたブルーの大きな鼻先にもキスをしたレイは、笑顔でそう言ってからゆっくりと下がった。
第二部隊の兵士達が、手早く鞍やベルトを取り外してくれるのを黙って見守り、身軽になったブルーが離宮の湖へ戻って行くのを見送ってから、待っていてくれたラスティと一緒に本部へ戻って行ったのだった。




