お土産の運び方
「おかえり。なかなかに面白い土産を持ってきてくれたそうじゃないか」
先にマイリー達の乗る竜達が広場に降り立ち、場所があるのを確認してからブルーが広場の空いた場所にゆっくりと降りて行った。
広場には煌々と松明が焚かれていて、ここだけが真昼の様な明るさになっている。
ブルーが降りてくるのを待ち構えていたアルス皇子の言葉に、背中から飛び降りようとしていたレイが、堪え切れずに吹き出す。
「まあ、気持ちは分かる。あれは冗談抜きで大発見だったんだからな」
「一体何が書いてあるんだろうね。いやあ、楽しみだよ」
ブルーの体に巻き付けたベルトを、集まってきた第二部隊の兵士達がいつものように手際よく取り外していく。
いつもと違うのは、彼らの背後に大きな台車と明らかに軍人ではない一団が控えていた事だった。
「はい、ただいま戻りました!」
ブルーの背中から飛び降りたレイは、笑顔でそう言って殿下の前で直立して敬礼した。
即座にマイリー達もそれに倣う。
「おかえり。それぞれ休暇を楽しんだようだね。それで?」
敬礼を返して笑顔でそう言った殿下は、目を輝かせてマイリーの腕を掴んだ。
「はい、素晴らしい発見です。石板はラピスが運んでくれましたので、そのまま持ち帰りました。凄い重さですから、あれをあの台車で運ぶのはちょっと無理があると思いますよ」
苦笑いするマイリーの言葉に、控えていた一段がざわめく。
「えっと……」
あの団体が誰なのか分からず不思議に思って見ていると、その中の一人が笑顔でレイに駆け寄ってきた。
「はじめまして、古竜の主殿。王立大学院にて古代史を研究しております。ホルスティ・レスタブと申します」
「レイルズ・グレアムです。はじめまして」
差し出された手を握り返す。
「ホルスティ教授は、古代史研究における第一人者でね。私の古代史研究の先生でもあるんだ」
ホルスティ教授の背中を叩いたアルス皇子の得意げな言葉に、レイも笑顔になる。
「古竜の主殿には、以前にも素晴らしい研究材料のご提供をいただきました。本当にありがとうございました。まだ全てを解読出来た訳では無いのですが、順調に解読は進んでおります。今回はそれ以上の素晴らしい発見です。本当に感謝します。特にこの、極小文字の石板は……」
満面の笑みで早速極小文字の説明を始めようとしたホルスティ教授の肩を、苦笑いしたマイリーが叩く。
「ホルスティ教授、興奮するお気持ちは分かりますが、彼にそんな説明をしても一欠片も理解出来ませんよ」
呆れた様なマイリーの言葉に教授が咳き込み、隣でアルス皇子も吹き出している。
「し、失礼致しました。そうですな。ついつい専門的な話をしようとしてしまう」
慌てて謝った教授を見て、レイは笑顔になる。
「そうですよね。僕もいつも星や月の事を聞かれるたびに、ついつい専門的な話をしようとしちゃうんです。なので、いつも天文学の知識が全く無い人にでも、天文学の楽しさや面白さを分かってもらえるように、気をつけて、出来るだけ丁寧に説明する様にしているんです!」
「ほう、それは素晴らしお心掛けですなあ。ですが、具体的にどの様になさっておられるのですか? 天文学は、基礎の時点ですでに相当に難解な学問であると思っておりますから、後学の為にお教えいただけませんか?」
ホルスティ教授の言葉に、周りにいた人達も興味津々で聞き耳を立てている。
「えっと、まず誰にでも分かりやすい言葉を使う事ですね。専門用語を出来るだけ使わず、簡単な言葉に置き換えて説明するんです。えっと……例えば、星の自転、って言っても、まず殆どの方が、そもそも星が回転しているって事を知りません。ですので自転と言われても、それの意味するところが言葉だけでは分からないんです。なのでまず、身近な物を使って簡単な自転の説明をするんです。例えばピックに突き刺した丸パンを星に見立てたり、ナッツの丸い殻だったり」
指で丸い印を作って、これ以上ない良い笑顔で説明を始めた。
「おお、成る程。専門用語を使わないだけでも、確かに簡単な説明ならば出来ましょう。最初の好奇心程度なら、それで充分に満たせますなあ」
うんうんと頷く教授を見て、横で聞いていたカウリが面白そうにしている。
「絶対にホルスティ教授とレイルズは、話が合うと思ったんだよ。出来ればこのまま古代史研究にも、聴講生でも構わないから顔を出してもらえないかなあ」
楽しそうに話をする二人を見て、アルス皇子が嬉しそうにそう言ってマイリーの腕を叩いた。
『それは要するに、我にも参加しろと言っておるのと同じであろう?』
呆れたようなブルーの使いのシルフの言葉に、二人が揃って吹き出す。
「もちろん貴方も込みでね。駄目ですか?」
笑ったアルス皇子の言葉をブルーのシルフは鼻で笑った。
『其方は、難解な問題の答えをただ聞けば満足なのか? ならば、必死になって研究する必要などあるまい?』
咎めるようなその言葉に、アルス皇子だけでなくマイリーも真顔になる。
「つい調子に乗って戯言を申しました。どうぞお許しを。そうですね。ただ答えを求めるのは研究とは言いませんね」
真顔で謝罪するアルス皇子を見て、ブルーの使いのシルフは満足そうに頷いた。
『其方達の竜にも一通りの事は教えてある。あとはルビーに聞くがいい。まあ、行き詰まった末の質問ならばいつでも受け付けるぞ。勉強熱心なやつは好きだからな』
笑ってそう言うと、ふわりと飛んでいって石板の上に座った。
『これをあの台車で運ぶのはまず無理だな。間違いなく途中で動けなくなるぞ』
「では、棒を持ってきて台ごと転がして運びましょう! すぐに用意します!」
台車の周りにいた人達が、その言葉に一斉に動き出す。
『段差に当たった時点で終わりだな。仕方あるまい。我が大学院の庭まで運んでやるから、今すぐに庭にいる人達を全員建物の中へ避難させて、扉と窓を閉めさせなさい。準備が出来れば行ってやる故な』
「おお、感謝します! では、すぐに準備をいたしますので、もうしばらくお待ちください!」
目を輝かせた台車の周りにいた人達が、台車を置いたままで一斉に一礼してから走って出て行ってしまった。
「えっと……」
呆気に取られたレイの呟きに、同じく完全に観客気分で見ていたルークとカウリが揃って吹き出す。
「まあ、俺達はもう用無しみたいだから、部屋に帰らせてもらうよ。レイルズは、もうちょっとラピスと一緒に頑張って働いてくれよな」
改めてブルーの体にベルトが巻き付けられるのを見て小さく吹き出したレイは、笑って駆け寄りひとっ飛びでその遥かに高いブルーの背中に上がったのだった。




