オルダムへの帰還
「ああ、やっとオルダムの街が見えて来たね」
昼食の後はごく短い休憩を時折挟んだだけで、ひたすら大人しくブルーの背の上に座っていただけですっかり退屈していたレイは、ようやくはるか前方に見えてきたオルダムの街の影に気付いて嬉しそうな声を上げた。
少し前に初冬の早い日暮れが訪れ、あたりはもうすっかり真っ暗になり、頭上には星が瞬いている。
レイとルークの呼び出した光の精霊達が周囲を照らしてくれているが、さすがにこの高さだと地上までは光も届かない。
今のブルー達は、街道よりもかなり北側の森の上空を東に向かって飛んでいる途中なので、見下ろした地面は真っ暗な森の木々の影が見えるだけで、地上には明かりのひとつもありはしない。
「こうして見ると、オルダムの街はまだまだ明るいな」
「街の周囲は真っ暗っすけど、城壁の中はかなり明るいっすね。こうやって見ると街がいかに明るいかがよく分かるよ」
近付いてくるオルダムの街を見て、感心した様なルークとカウリの呟きにレイも笑顔で大きく頷く。
確かに、真っ暗な地面に大きなランタンを置いたかのように、上空から見ると、オルダムの街のある部分だけがとても明るくて、光り輝いているかのようだ。
「こうして見ると、地上に太陽があるみたいだな」
「ええ、太陽がもしも地上にあったら、全部燃えて無くなっちゃうよ」
ルークの呟きに、慌てた様にレイが答える。
「いやいや、ものの例えだって。俺でもそれくらいは分かってるって」
「うう、また僕の苦手なものの例え……」
悔しそうなその呟きにルーク達が揃って吹き出し、レイはますます口を尖らせていたのだった。
「せっかくだから、街の上を飛んでから戻ろうか。今ならまだ、街の人達も起きているだろうからな」
街を指差したマイリーの言葉にルーク達も笑顔で頷き、お城の横を一旦通過した一行は、そのままオルダムの街の上空を陣形を組んだままゆっくりと旋回した。
竜の姿に気付いた街の人々が頭上を見上げて大歓声を上げて手を振る。
自分の名前を呼ぶ街の人の声に、レイは嬉しくなって見えはしないのに思わず大きく下に向かって手を振り返していたのだった。
「ねえ、ディア! 見て、レイルズ様がお戻りになったわよ!」
夕の祈りを終えて片付けをしていた巫女達は、不意に街の方から聞こえた大歓声に驚き窓辺に駆け寄っていた。
その時、先に窓辺に駆け寄っていたニーカが歓声を上げながら、上空を指差してそう言っているのが聞こえて慌ててクラウディアも上空を見上げた。
彼女の目にも巨大な竜達の姿が見えて、堪え切れない歓声が上がる。
「マイリー様にルーク様、それからカウリ様もご一緒だったのね。へえ、やっぱりこうやって見るとラピスが一番大きいのね」
感心した様なニーカの小さな呟きに、隣にいたジャスミンも笑顔で頷いている。
「確かにラピスは大きいわね。私とニーカの竜が揃って並んでも、あの翼の片方分も無いわよね」
「確かにそうね。全然相手にならないわよ」
「そりゃあそうよね。何しろ最強の古竜なんだからさ」
「そうよね。最強の古竜なんだものね」
笑って顔を見合わせた二人は、ゆっくりとお城の中庭に降りていく竜達の姿を見つめていたのだった。
ブルーの巨大な姿がゆっくりと地上に降りるのを見たクラウディアは、思わずその場に跪いて、精霊王と女神オフィーリアに、レイが無事に帰ってくれた事に対して、心から感謝の祈りを捧げていたのだった。
「明日は、久し振りの精霊魔法訓練所なんだけど、レイルズは来るかなあ?」
竜の姿が見えなくなったところで、それぞれの仕事に戻る。
教本を本棚に片付けていたニーカの呟きに、いくつかの分厚い教本を木箱に収めていたジャスミンの手が止まる。
「休暇が今日までなら、明日は通常勤務に戻るだろうから、もしかしたら来るかもしれないわね。だけど、もしも休暇が明日までなら、明日はゆっくり休むだろうから、訓練所には来ないかもしれないわね」
「ディアが寂しそうだから、出来れば来て欲しいな」
笑ったニーカの呟きにジャスミンも笑顔で頷く。
彼女達は、揃って本棚に座っている自分達の竜の使いのシルフを見た。
『分かった』
『明日の予定を聞いてきてあげるね』
『ちょっと待っててくださいね』
彼女達が何か言う前に、シルフ達は笑ってそう言い、くるりと回って消えてしまった。
二人は顔を見合わせて笑顔で頷き合うと、少し離れた別の本棚に教本を並べていた為に、彼女達の密かな頼み事に気付いていないクラウディアを揃って見てこっそり笑い合い、そのあとはもう素知らぬ顔でせっせとそれぞれ教本の後片付けをしていたのだった。




