ケットシーの親子
「うっわあ……マジかよ」
ケットシーの親子が完全に森の中へ消えてから後も、しばらくの間、誰一人声も出せずに揃って呆然と森を見つめていた。
ようやく我に返ったカウリの消えそうな呟きに、レイが満面の笑みになってブルーの頭に飛びついた。
「びっくりしたけど、あの子にまた会えて良かった! お父さんって事は、帰る時にチラッと見えたあの大きなケットシーだったんだね。すごいや。あれだけ近くに来たのに、全然気付かなかったね」
嬉しそうにブルーと話すレイの言葉に、顔を見合わせた三人が揃って首を振って肩をすくめる。
「でも、ブルーは気付いていたんでしょう?」
無邪気なその質問に、笑ったブルーが大きく喉を鳴らす。
「ああ、もちろん我らは気が付いていたよ。だが向こうにこちらを攻撃しようとする様子が全く無かったので、シルフ達に警戒はさせていたが好きにさせておったのだよ。まあ、あの子供の父親だというのは分かっていたから放っていたのだが、まさか本当に挨拶に来るとは思わなかったよ」
完全に面白がっている口調のブルーの言葉に、マイリー達が揃って大きなため息を吐く。
「はあ、全く。お前といると本当に退屈する暇がないよ」
もう一度ため息を吐いて呆れた様に首を振るマイリーの呟きに、同じくため息を吐いたルークが笑って森の方を見た。
「それにしてもデカかったなあ。間近でケットシーを見たなんて言ったら、ガンディに嫉妬のあまり呪い殺されそうだ」
「だよなあ。しかも冗談抜きで喋っていたし」
こちらも大きなため息を吐いたカウリが、そう言って小さく身震いする。
「まあ、今のは……見なかった事にしよう。いいな」
真顔のマイリーの言葉に、苦笑いしたルークとカウリが頷く。
「えっと……」
三人の様子を見たレイは困ったようにブルーを見上げた。ブルーは、そんなレイを見て笑って目を細めて静かに喉を鳴らした。
「要するに、今の一件は報告書に書かない。つまり他の人に喋らないって意味だよ。まあ、あの白の塔の竜人には、後で我から説明しておいてやろう。帰路の途中で偶然見かけたが、例のケットシーの子供は順調に大きくなっておるようだとな」
「ああ、そうだな。それが良いと思う。じゃあこの一件はラピスに任せるから、適当に誤魔化しておいてくれ」
苦笑いしたマイリーがそう言い、残っていたパンを食べ始めた。
それを見たカウリも、苦笑いして頷くと地面に置いていた食べかけのパンを拾って食べ始める。
「あ、これはカウリのだったね」
まだ持ったままになっていた拾った包みをカウリに返して、レイもブルーの脚の上に置いたままになっていた食べかけのパンを手にしたのだった。
「じゃあ、そろそろ出発かな」
食事を終えカナエ草のお茶と薬もしっかりと飲み終えた一行は、少し休憩してからそれぞれの竜の背中に乗った。
「では行くとしよう」
大きく翼を広げたブルーの声に、三頭の竜達もそれぞれの翼を広げてゆっくりと上昇していく。
四頭の竜は軽く森の上空を旋回してから、東を目指して飛び去っていった。
「あぁあ、もう行っちゃったね」
空を見上げて飛び去る竜の姿を見送っていた子供の寂しそうな呟きに、笑った両親がゆっくりと喉を鳴らしながら子供を左右から舐める。
「あのお兄ちゃん、すっごく大きくなっていたね。僕もあれくらい大きくなれるかなあ」
まだ幼い舌足らずな子供の言葉に、父親が笑って目を細める。
「そうだな。お前ならあの主殿よりももっともっと大きくなれるだろうさ。精霊王をお助けした我らが先祖のように、いつか其方も主殿にご恩返しが出来る様にな。まずは大きくならねばならぬぞ」
「そうね。だけどまずは、貴方は自分でウサギが狩れるようにならないとね」
笑った母親の言葉に、子供のケットシーは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
まだ、両親のように気配を殺すのが上手くないこの子は、狩りの練習でもほとんどが気付かれてしまい、目標のウサギに逃げられてしまうのだ。
「もっと大きくなったら、狩りだって上手くなるんだもん!」
誤魔化すように尻尾を大きく打ち振った子供は、そう言って母親に頬擦りする。
「仕方のない子ね。頑張って練習してちょうだい」
苦笑いする母親に額を舐めてもらって、子供のケットシーはご機嫌で喉を鳴らし始めたのだった。




