最後の夜?
「それじゃあ、僕も湯を使いたいから部屋に戻りますね。おやすみなさい」
笑顔で部屋に戻るレイを見送ったルークとカウリは、タキスを振り返ってニンマリと笑った。
「で、どうしますか?」
「せっかくだから、皆さんも参加しましょうよ」
主語のない会話だったが、それを聞いたタキスが堪えきれないように吹き出す。
「よ、よろしいんですか?」
笑ったタキスの言葉に、ルークとカウリが揃って大きく頷く。二人とも満面の笑みだ。
「もちろん。だって、皆さんも一度もレイルズと一緒にやった事が無いんでしょう。楽しいですよ」
「シルフ達に頼んでおけば、破損や怪我は気にせず遊べますからご心配なく。気をつけるのは、ミスリルの頭蓋骨による頭突きだけですよ」
二人の言葉にもう一度吹き出したタキスは、笑いながら嬉しそうにうんうんと頷いた。
「では、せっかくのお誘いですからニコスとアンフィーも誘って参加させていただきましょう。確か、正式な作法は、湯を使った後に夜着に着替えて、枕を持ってスリッパで参加するんでしたよね?」
「そうそう、ちゃんと俺の説明を覚えていてくれて嬉しいですよ」
笑ったルークの言葉に、横で聞いていたカウリは遠慮なく大爆笑している。
「じゃあ、研究熱心な職人達が徹夜覚悟でお仕事している間に、しっかりと遊ばせていただくとしましょう」
笑って手を叩き合い、早足でそれぞれの部屋に戻った。
タキスは先程の部屋に一旦戻って、後片付けをしていたニコスとアンフィーに声を掛け、大爆笑する二人と手を叩き合ってから部屋に戻った。
部屋に戻るタキスを見送ったニコスとアンフィーは、顔を見合わせて揃ってもう一度大笑いしてから食器の後片付けは途中のままで、楽器も一旦ケースにしまってそのまま部屋に置いておき、大急ぎでそれぞれの部屋に駆け足で戻ったのだった。
「はあ、もう明日には帰っちゃうのか……次はいつ戻って来られるかなあ」
湯を使ってさっぱりしたレイは、いつものようにシルフ達に風をもらって髪を乾かしてから部屋に戻った。
机の上に用意しておいた蜂蜜入りのカナエ草のお茶は、すっかり冷えているが気にせず一息で飲み干す。
「お湯を使った後は、冷たいのが美味しいよね。えっと、もういっぱい用意しておこうっと」
机の上に用意してくれてある、小さな簡易コンロに火蜥蜴を呼んで火を入れてもらい、小さなヤカンにウィンディーネが出してくれた水を入れて火にかけておく。
ポットにカナエ草の茶葉を入れておき、窓に駆け寄ったレイはそっとカーテンを引いて窓を開けた。
真っ暗な木々の影の頭上には、降るような星空が一面に広がっている。
「綺麗だなあ……」
冷たい風が部屋に吹き込んでくるのも構わず、レイはしばらくの間無言で空を見上げていた。
「ああ駄目だ! しっかりしないと!」
不意にあふれそうになった涙を堪える為に大きな声を出したレイは、軽く自分の頬を両手で叩いた。
「少し早いけど、もう休もうかな」
大きな深呼吸をして寝巻きの襟元を引っ張りながらそう呟き、窓を閉めてカーテンを引く。
ベッドに入ろうとしたその時、軽いノックの音が聞こえて驚いて扉を見た。
「はい? こんな時間にどうしたの?」
もしかして、オルダムで何かあったのだろうか? それとも、誰かが急に具合が悪くなったとか?
不意に不安になったレイは、急いで扉に駆け寄って扉を引いた。
「どうし……ぶぁふう!」
顔を出した瞬間、柔らかいもので顔を叩かれて勢い余ってそのまま仰向けに倒れる。咄嗟に受身を取って転がり起きあがろうとしたところで、今度は横からもう一回攻撃された。
「ああもう! 油断した〜〜〜〜!」
何に殴られたのかを理解した瞬間、大きな声でそう叫んで手をついて起き上がったレイは、急いでベッドへ向かって走った。
咄嗟に腕を伸ばして掴んだ枕を両手で持って、振り向きざまに力一杯横向きにぶん殴る。
予想通りに飛びかかろうとしていた誰かをぶん殴った。笑った悲鳴と共にその誰かが横に転がるようにして吹っ飛ぶ。
「今のはカウリ! って事は、ルークはこっち!」
右側にわずかに見えた人影に向かって確認する間も無く枕を振り回すと、何故かルークとは違う別人の悲鳴が聞こえてその誰かが吹っ飛んだ。
「あはは、今のはアンフィーだね! ごめんね、ルークだと思ったから加減出来なかったよ」
転んだ大柄なアンフィーに向かって笑いながら謝った直後に、タキスとニコスが息を合わせて枕ごと飛びかかってきた。
「やられた〜〜〜〜!」
わざとらしい悲鳴をあげて、飛びかかってきた二人を抱えるみたいにして仰向けにベッドへ倒れ込む。
「捕まえた〜〜!」
タキスが抱きついてきたかと思ったら、いきなりニコスと二人がかりで両脇をくすぐられて今度は本気の悲鳴を上げる。
「加勢するぞ!」
「ありがと……うひゃ〜〜〜!」
タキスとニコスの二人がかりでくすぐられて悶絶している時にカウリの声が聞こえたレイは、当然自分を助けてくれるだろうと思ってお礼を言おうとしたのだが、残念ながらカウリが加勢したのはタキス達の方だったらしい。
無防備だった襟足を更にくすぐられて、情けない悲鳴をあげるレイを見てルークとアンフィーの吹き出す音が聞こえた。
「皆、酷いよ!」
笑ながら腹筋に物を言わせてタキスとニコスを乗せたまま強引に起き上がる。
割と本気の悲鳴をあげて落っこちるタキスとニコスの腕を捕まえたレイは、笑いながら二人をベッドに引き倒してその上に飛び乗るように両手を広げて飛びかかった。
いったん捕まえて確保してから、手に持ったままの枕で転がる二人をまとめてぶん殴る。
笑いながらもう一度悲鳴をあげた二人が揃って左右に転がって逃げて反撃に出て、枕同士がぶつかり合い鈍い音を立てる。
「油断大敵〜〜!」
「背後取ったり!」
「では遠慮なく〜〜!」
二人とレイが、枕でボスボスと殴り合って笑っていると、いきなり背後から聞こえた声と共にレイ達三人の頭上にシーツが広がり、三人まとめて捕まってしまった。
「うひゃあ! ちょっと待って!」
慌てて枕を離そうとした時、背中を押されてタキス達の上に倒れ込んだレイは、咄嗟に二人を潰さないように両腕を立てて堪えた。丁度タキスが持っていた枕に顔を埋める形になり安堵のため息を吐いた瞬間、ルーク達が揃ってレイの脇腹をくすぐりにきた。
「どうして僕ばっかり〜〜〜〜!」
悲鳴をあげて横に転がると、いつの間にか覆いかぶさっていたシーツごと一緒に転がってしまい、結果として自らシーツにくるまる形になってしまった。
「あはは、何やってるんだよお前!」
笑ったルークの声とともにさらに転がされて、シーツでぐるぐる巻きにされてしまった。
「打ち取ったり〜〜〜〜!」
誰かに軽く踏まれた感触がしてレイも吹き出す。
「参ったなんて言わないもんね!」
笑いながらそう叫んだレイは、またしても腹筋に物を言わせてぐるぐる巻きのまま起き上がる。
ルークの悲鳴とカウリとタキス達の吹き出す音が聞こえる。なんとかシーツから顔を出したレイは、自分の横で転がっているルークを見て、声を上げて大笑いしたのだった。




