休暇最後の夜と明日の予定
「さて、すっかり遅くなってしまったな。そろそろ休まないと、明日、竜の背の上で居眠りして転がり落ちても知りませんよ」
笑ったルークが、ケースにハンマーダルシマーの本体と演奏のためのハンマーを片付けながら、何や言いたげにマイリーを横目で見る。
「そうだな。なかなかに良い夜だったよ。それじゃあ今夜は解散かな?」
素知らぬ顔でそう答えたマイリーが、ヴィオラを片付け始める。
「ああ、楽器は後程手入れはしておきますので、どうぞそのままに」
「よろしいのですか?」
張っていた弓を緩めようとしていたマイリーの言葉に、ニコスとバルテン男爵が慌てたように頷く。
「これも大丈夫ですか? 手入れの方法は知っていますから、やりますよ?」
ケースに収めたハンマーダルシマーを指差したルークの言葉に、ニコスはにっこりと笑って優雅な仕草で一礼した。
「私が仕えておりました若様は、楽器には造詣の深いお方でしたので一通りの手入れ方法は熟知しております。どうぞそのままに」
顔を見合わせたマイリーとルークは、苦笑いしつつそのまま楽器ケースの蓋を軽く閉じた。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。バルテン男爵は見習いの拙い作だなんて仰っていましたが、あくまで個人的な感想ですが、弾いた限りどれも中々に良い楽器でしたよ。弾き手に恵まれて年代を経れば、もっとこなれた良き音を奏でてくれるでしょう」
そっとヴィオラのケースを撫でたマイリーの言葉に、バルテン男爵は嬉しそうに目を細めた。
「何よりのお言葉です。職人達に必ずや伝えましょう。マイリー様からお褒めの言葉を賜ったとあれば、きっとこれまで以上に精進してくれる事でしょうからな」
「次に来る時を楽しみにしていますよ。これは本当に新品とは思えぬくらいに良い音でしたよ。特に高音域がとても良い。ですが難を言えば……その高音部分の響きが、まるで教科書のような音だという事ですね。何と言うか……そう、面白みに欠けますね」
苦笑いしたマイリーの言葉に、バルテン男爵も苦笑いで大きく頷く。
「おお、そこまで仰っていただけるとは、確かに仰られた通りに、これらのヴィオラはどれも音の出方がいささか真正直に過ぎます。もう少し張りと力のある幅の広い音を出せるようにならねば、名品とは呼べませぬからなあ」
「新人ならば、これだけの物が作れれば充分だと思いますがねえ。ですが、貴方がそうお考えになるのならばまだ職人達に伸び代があるという意味なのでしょう。どうぞ気がすむまでしっかりと鍛えてやってください」
「もちろんでございます。また新たな作品をお見せ出来るよう日々精進致しましょうぞ」
笑顔で頷き合うマイリーとバルテン男爵をレイも笑顔で見つめていた。
「僕が弾いたこの竪琴もすごく良かったよ。職人さんに素晴らしかったって伝えてくださいね」
「ありがとうございます。もちろん、職人にはしっかりと伝えましょう」
嬉しそうに答えたバルテン男爵は、レイから竪琴の入ったケースを受け取り、愛おしげにそっとケースを撫でたのだった。
その夜はそこで解散となり、マイリーにはタキスとルークとカウリ、それからレイも付き添って部屋に戻った。ひとまず、ルークとカウリに教えてもらいながらマイリーの補助具を外して、タキスがマイリーの体を拭くのをレイも横で手伝った。
「あれ、湯は使わないんですか?」
マイリー達が泊まっている客室には、小さいが専用の湯室が続きの部屋に設置されていて、当然、いつでも使ってもらえるように綺麗に整えられている。
「まあ、真夏じゃあないからな。別に構わないよ」
笑って首を振るマイリーは、大人しくされるがままだ。
だが一通りの処置が終わりタキスが足のマッサージを終えたところで、 マイリーは何故か用意してあった別の部屋着を着て、そそくさと補助具をまた取り付け始めたのだ。
「マイリー、もしかしてまた今夜も行くつもりなんですか?」
てっきり、もう休むのだとばかり思っていたマイリーの、その行動を見たレイの眉が寄る。
「当然だろうが。専門家達と現物を前にして直接話が出来る貴重な時間なんだからな。大丈夫だよ。少々徹夜したくらいで、どうこうなるようなやわな鍛え方はしていないよ」
当然のようにそう言って立ち上がったマイリーを見て、ルークとカウリも呆れ顔だ。
「まあ、好きにさせればいいさ」
「冗談抜きで、明日、竜の背中から寝ぼけて落っこちても俺達は知りませんからね」
投げやりなカウリとルークの言葉に、マイリーがニンマリと笑う。
「まあ、最後の自由な夜だ。お互い好きにしよう。あとはよろしくな。さて、それじゃあ俺は行ってくるよ」
机の上に置いてあった包みを抱えると、マイリーは手を上げて本当に部屋を出ていってしまった。
苦笑いしたタキスが、ギードの家まで案内する為にあとを追いかけていった。
ギードとバルテン男爵もそれぞれの部屋に戻って素早く湯を使って着替えた後、当然のようにやってきたマイリーを迎え入れて、そのまま三人は、昨日とはまた別の部屋へなだれ込んだのだった。
「まあ、あんなに嬉しそうなマイリーを見るのは久し振りだからな。これをする為にわざわざここまで来たんだから、気がすむまで好きにさせればいいよ」
タキスが戻ってきたところで、マイリーの様子を聞いてひとしきり笑ったルークとカウリは、そう言って肩をすくめた。
「お疲れさん。じゃあ、俺達も部屋に戻るか」
「そうだな。まずは湯を使って……」
カウリの言葉にルークが頷きながら横目でこっそりレイを見て、カウリと顔を見合わせてこっそりと笑い合った。
「そうだね。マイリーはギードやバルテン男爵とお話がしたくてここへ来たんだもんね。大事な相談なんだから、気が済むまで話をしてもらわないとね」
自分に言い聞かせるかのようにそう言ったレイは、一つ深呼吸をしてから二人を振り返った。
「じゃあ、僕も部屋に戻って湯を使って休むね。えっと、明日の予定ってどうなっているの?」
「もう帰るだけだよ。一応明日中にオルダムに着けばいいんだからさ。マイリーの気が済んだところで出発だよ。まあ、多分午後からの出発になるだろうから、お前はもう少し子竜達と遊んでやれよ」
ルークの言葉にレイも笑顔で頷く。
「そうなんだね。じゃあ明日の午前中はお天気が良ければ、いつも通りに上の草原に皆を連れて行けるかな? それなら僕は、ヤンとオットーともう少し一緒に遊ぶ事にするね」
「おう、頑張れ。だけど帰れるだけの体力は残しておけよ。マイリーより先に、お前さんが居眠りこけて落っこちないようにな」
「ブルーの背中は広いから大丈夫です!」
何故か胸を張って断言するレイの言葉に、一緒に聞いていたカウリとタキスは、揃って吹き出したのだった。




