それぞれの演奏
「えっと……」
戸惑うようにブルーのシルフを見たレイは、少し考えてそっと両手でブルーのシルフを捕まえて自分の膝に乗せた。
「ねえブルー、今のはどういう意味があるの? どうしてギードとバルテン男爵は、あんなにあの歌の歌詞を聞いて喜んだの? 確かに素敵な歌詞だったとは思うけど、何か、歌詞とは別の意味があるのでしょう?」
不思議そうなレイの質問に、ブルーのシルフは満足そうに笑って頷いた。
『ああ、その通りだよ。先程の歌には、ドワーフ達だけが解る特別な意味のある言葉があったのだよ」
「えっと、鋼の君とか、紅玉の君とかって言っていたあれだね」
『そうだ。まあこれはドワーフ達が精霊王より与えられし役割に関わる話なので、すまぬが人の子である其方達に詳しく教えるわけにはいかぬ。まあ、一度は失われしこれを再びドワーフ達の手に戻せたという事は、一千年を超える長い時を与えられし我も、己が役割を一つ果たせたという事だよ。これは、双方ともにとってとても善き事なのだよ』
笑ったブルーの言葉に、横で聞いていたマイリー達も納得するかのように揃って頷いた。
「成る程。この歌が精霊王より与えられしドワーフ達の役割に関わるのならば、部外者である人間の我らが興味だけ立ち入るのは良くありませんね。だが、この場に立ち合わせていただいた縁で、幾つかお尋ねしたい事があるが、よろしいか?」
ギード達と同じく、自分の手帳に先程の歌の歌詞を書き取っていたマイリーが、真顔でそう言ってブルーのシルフを見つめている。
「我に答えられる事ならばな」
その答えに頷いたマイリーが、自分の手帳を見せる。
「この歌詞自体は、特に秘めるようなものではない?」
『ああ、曲そのものはドワーフならば知っているものも多いようだし、特に秘するようなものではないよ』
「では、我らがこれを歌っても問題ありませんか?」
その質問に、同じ意見だったらしいルーク達も苦笑いしつつ拍手をしている。
そしてギードとバルテン男爵は驚いたように目を見開いた。
「よ、よろしいのですか? これはあくまでもドワーフ達の間で歌われきた伝統歌であって、言ってみれば鉱夫達が好んで歌ったような歌でございます。決して、宮廷のような華やかな場で歌うようなものではありませぬぞ」
バルテン男爵の隣では、ギードも慌てたように必死になって頷いている。
「ご謙遜を。ドワーフ達がこの国で果たす役割を理解せぬ貴族はいませんよ。俺の実家の鉱山でも、多くのドワーフ達が働いてくれています。彼らがいなければ、たとえ鉱山を所有している鉱山主であっても、鉱石一つ我らでは取り出す事すら出来ませんよ」
マイリーの言葉に、バルテン男爵は嬉しそうに頷いた。
「そこまで言うていただけるとは、感謝の言葉もございませぬ。ありがとうございます。我らの歌がオルダムの宮廷で歌われる日が来ようとは、長生きはするものでございますなあ」
目を細めたバルテン男爵は、そう言って目元にあふれた涙をそっと拭った。
「後程、出来れば譜面に起こしたいので、もう一度歌っていただいても構いませんか?」
「喜んでいくらでも歌いますぞ」
「あ、それなら僕も覚えたいから教えてよ!」
竪琴を構えるレイの言葉に、全員がそれぞれの楽器を手にする。アンフィーも慌てたように持っていたヴィオラを構えてバルテン男爵の側へ行った。
「じゃあ、俺が譜面を書きますよ」
「それなら俺も手伝おう。俺の笛はギードの笛の音を邪魔しそうだからな」
ルークが慌てたように手帳を取り出すのを見て、フルートを置いたカウリも急いで手帳を取り出した。
「では、最初の部分から……」
ヴィオラを構えたバルテン男爵がそう言って先程よりもゆっくりと弾き始めるのを見て、マイリーとアンフィーが笑顔で頷いてその後に続いた。
「よし、これで全部だな。へえ、なかなかいい曲だよ」
手帳に書かれた小さな譜面を見ながら、ルークが指先でリズムを取りながら確認するように小さく歌っている。
アンフィーは最初の部分が気に入ったらしく、先ほどから何度も確認するように同じ部分を繰り返して弾いている。
「良い土産が出来ました。どこで披露するかは少し考えてからですね」
笑ったマイリーの言葉にバルテン男爵も笑顔で頷く。
「演奏していただけるだけで、これ以上ない誉でございます」
深々と一礼するバルテン男爵にマイリーも礼を返したのだった。
「なあ、レイ。せっかくだから其方の演奏も聴きたいのう」
笑ったギードの言葉に、レイが笑顔で何度も頷く。
「えっと、それじゃあこれかな?」
椅子に座って竪琴を抱え直したレイは、少し考えてからゆっくりと演奏を始めた。
曲は、さざなみの調べ。
竪琴の為に作られた曲で、流れるような音の連なりと上下する音、音、音。
水面に立つさまざまな波を表現するこの曲は、止まる事なく演奏するにはかなりの技術が必要な為、竪琴の奏者の腕がよく分かる曲でもある。
やすやすと暗譜でその曲を弾いているレイの様子を、タキスは感心したように、ギードは目を見開いて嬉しそうに、
そして、彼の奏者としての技術の高さが分かるニコスは感動に目を潤ませて、それぞれ無言で聴き入っていたのだった。




