失われしドワーフ達の歌
「凄い! ねえ、今の曲は初めて聴いたけど、ルークは知ってる?」
目を輝かせて大きな拍手をしていたレイは、興奮冷めやらぬままにルークを振り返ってそう尋ねた。
「いや、俺も初めて聴く曲だったよ。もしや、これはどなたかの作曲ですか?」
ルークの言葉にまた目を輝かせてギードとバルテン男爵を振り返るレイを見て、ギードとバルテン男爵が揃って吹き出す。
「いやあ、さすがにそちら方面の才能はございませぬ。これは、ドワーフ達の間でよく歌われておる古い曲で、元はと言えば、ドワーフ達の里のある竜の背山脈の地下で歌われておった曲ですわい。歌詞が喪失しておって、今ではこの曲だけがドワーフ達の間で引き継がれておるのですよ」
「ええ、歌なのに歌詞は無いんだ」
残念そうなレイの言葉に、ギードも苦笑いしつつ頷く。
「勝手に歌詞を作って歌っておる者もおるようですが、正しい歌詞は伝わっておりませぬ。残念ですなあ」
バルテン男爵も苦笑いしつつ頷いているのを見て、ブルーのシルフは小さく笑った。
『おやおや、久方ぶりに懐かしい曲を聴いたと思うて喜んでおったが、なんだそれは。そのような事になっておるのか』
何か言いたげなブルーのシルフの言葉に、ものすごい勢いでギードとバルテン男爵が揃って振り返る。
「ま、まさか……」
「ま、まさか……」
「あ、また仲良しになってる」
完全に同じ表情で同じ言葉を言ったきり、黙ってしまった二人を見たレイが、二人の横でそう言って笑っている。
「いやいや、レイルズ様。これは笑い事ではございませんぞ。あの、蒼竜様……もしや、もしやこの曲の歌詞をご存知なので……?」
やや上目遣いになったバルテン男爵の質問に、笑ったブルーのシルフが頷く。
『もちろん知っておるぞ。では歌ってやる故、歌詞を書き取りなさい』
「お、お待ちくだされ!」
これまた同時に叫んだ二人が、それぞれ懐から万年筆と手帳を取り出して机に広げた。
「お願い致します」
真顔の二人の言葉にもう一度頷いたブルーのシルフは、レイが持っている竪琴を軽く叩いた。
『レイ、ではここにその竪琴を置いて、倒れぬように支えていてくれるか』
ブルーのシルフの言葉に、レイが手にしていた竪琴を机の上に立てた状態で置いて手で支えた。
「これでいい?」
『ああ、充分だ。では始めようか』
満足そうにそう言ったブルーのシルフは、そっと手を伸ばして竪琴の弦を弾いた。
転がるような音が響く。
そしてゆっくりと口を開いた。
『遥かに遠き山並みと』
『萌える若葉の美しきこと』
『竜の背超えて幾星霜』
『変わらぬ季節の美しきこと』
ゆっくりと主旋律のみで奏でられる、あの哀愁を帯びた曲に合わせてブルーのシルフが朗々と歌い始める。
『優しき風に想いを馳せる』
『二度と帰らぬ我が故郷』
『流れる水に想いを寄せる』
『二度と会えぬも変わらぬ誓い』
そこで口を閉じたブルーのシルフが、同じ曲をもう一度奏でる。
「へえ、ここは歌詞が無いんだね」
うっとりと聞き惚れていたレイの呟きに、ニコスのシルフ達が揃って頷く。
ここで曲調が一転してあの賑やかな拍子になる。
『打つは何ぞや頭領様よ』
『小刀、鏃剣に槍』
『何であろうとさあ打ちますぞ』
『ミスリル守りし鋼の君よ』
『唯一の道を進むべし』
『明けの明星上る時まで』
『決して止まらぬ槌の音火の粉』
『我ら今こそ手を取りて』
『決して止まらぬ槌の音火の粉』
『我らの全てをこの一槌に』
『打つは何ぞや頭領様よ』
『ミスリル守りし鋼の君よ』
『唯一の道を進むべし』
そしてここでまた、曲調が一転して哀愁を帯びた物悲しい曲に戻る。
『遥かに遠き山並みと』
『萌える若葉の美しきこと』
『竜の背超えて幾星霜』
『変わらぬ季節の美しきこと』
『優しき風に想いを馳せる』
『二度と帰らぬ我が故郷』
『流れる水に想いを寄せる』
『二度と会えぬも変わらぬ誓い』
『ミスリル守りし鋼の君よ』
『我らが守りし紅玉の君』
『永久に栄えあれ』
『ミスリル守りし鋼の君よ』
『我らが守りし紅玉の君』
『ああ永久に栄えあれ』
『ああ永久に栄えあれ』
最後にもう一度鳴らした竪琴の音がゆっくりと響いて歌が終わる。
必死になって歌詞を書いていたギードとバルテン男爵は、お互いの手帳を見て書き損じがないか無言で確認している。
そして、最後まで確認し終えた二人は揃って大きなため息を吐いた。
「なんと、まさか紅玉の君とミスリルの君に捧げる歌であったか」
もう一度ため息を吐いたギードが、手帳を見ながらしみじみとそう呟く。
「これは一大事ぞ。早速文字に起こして各地のドワーフギルドへ知らせを飛ばすべきだな」
目を輝かせる二人を見て、満足そうにブルーのシルフが頷く。
『懐かしい歌よのう。しかしまさか、其方達が紅玉の君と鋼の君の言葉の意味を知っておるとは思わなんだ。知っておるのならばこの歌に秘められた真の意味も解るであろう。あとは任せる故、好きにするがいい』
笑ったブルーのシルフの言葉に、ギードとバルテン男爵は揃ってその場に膝をついた。
「蒼竜様の広き慈愛の心に感謝と尊敬を捧げます」
声が重なり、握った両手を額に当てた二人はその場で深々と頭を下げた。
「構わぬから立ちなさい。これは其方達が精霊王より与えられし役割ぞ。心を込めて良き鋼を打ち、ミスリルを打ち炉の火を守るがいい」
ブルーのシルフの言葉に更に深々と頭を下げる二人を、完全に置いてけぼりにされたレイ達は、呆気に取られてそんな二人をただただ見つめていたのだった。




