ギードとバルテン男爵の演奏
「お見事! アンフィー、本当に素晴らしかったですよ」
「全くだな。こんな特技を隠しておったとは実にけしからんのう。次からはしっかりと演奏してもらわねばな」
笑顔で拍手をするタキスとギードの言葉に、バルテン男爵も笑顔で力一杯拍手をしている。
見事な演奏を終えたアンフィーは、耳まで真っ赤になりつつも深々とマイリー達に向かって一礼した。
「ありがとうございました。お助け頂いたおかげで何とか間違わずに演奏出来ました。竜騎士様方と一緒に演奏したとあらば、ロディナの仲間達にもう一生自慢出来ますよ」
「こちらこそ楽しかったよ。素人だって言うけど、逆に素人がこれだけ弾ければ充分過ぎるって」
マイリーの言葉に、ルークとカウリも笑顔で頷く。レイも、うんうんと頷きつつ満面の笑みでまだ拍手をしていた。
「って事で、後は私も聞き役に回らせて頂きますね」
笑顔でそう言ってもう一度一礼したアンフィーは、それでもまだヴィオラを抱えたまま椅子に座った。
「ところで、バルテン男爵は、楽器は?」
楽しそうにアンフィーと話を始めたレイを横目で見つつ、何か言いたげなマイリーの言葉にギードとバルテン男爵の二人が同時に吹き出しかけて揃って誤魔化すように咳き込んだ。
「い、一応ヴィオラを少々嗜みますが……」
「ブレンウッドにも、地方貴族の方々が大勢おられますからね。ギルドマスターとしての仕事の際に、演奏を求められる事もあるのでは?」
「わはは、さすがにマイリー様にはその辺りの事情もお見通しですな。はい、実を申しますと爵位を戴いて以降、地方貴族の皆様方とのお付き合いの際に、演奏を求められる機会が増えましたなあ。それまでは、不調法者故お聞かせするほどでは、と言って断っておったのですが、男爵としての立席の場合は、正直に申し上げて逃げられぬ場面も多々ございますので色々と苦労しております」
マイリーの言葉に、バルテン男爵は困ったように笑いながら肩をすくめる。
「ええ、バルテン男爵もヴィオラを弾くの? 僕、聴いてみたいです!」
無邪気なレイの言葉に、バルテン男爵が情けない悲鳴をあげて顔を覆った。
「ほれほれ、レイの希望ぞ」
笑ったギードが、バンバンと大きな音を立ててバルテン男爵の背中を叩く。
「ぐぬぬ……ならばギードよ! 其方も参加するべきと考えるがどうじゃ? のう? レイルズ様もギードの演奏を聴きたいですよなあ?」
「ちょっ! お前、何を……」
「ええ! ギードも演奏出来るの? 聴きたい!」
これまた無邪気なレイの言葉に、ギードも情けない悲鳴をあげて突っ伏した。
タキスとニコスは、そんな彼らを見て驚いている。
「ええ、ギード。初めて聞きますが、貴方に楽器の演奏が出来たんですか?」
「俺も初めて聞くなあ」
驚いたようなタキスの言葉に、ニコスもうんうんと頷きつつそう言って笑っている。
「ねえ、ギードは何を使うの? あ! もし竪琴だったら、一台しかないからこれを使ってね!」
目を輝かせるレイの言葉に、もう一回情けない呻き声をあげたギードは、諦めたように大きなため息を吐いてから顔を上げた。
「まあ、所詮は素人の手慰みですが、笛を少々……」
その言葉に目を輝かせたレイが、カウリが持っているフルートを見て、笑顔で頷いたカウリがそれを差し出そうとする。しかしギードは慌てたように首を振った。
「ワシが扱えるのは、縦笛です。貴族の皆様が使う横笛ではなく、それはドワーフ達が扱う楽器で……」
「ぐだぐだ言わずに取って来い! 持っておるのだろうが!」
バルテン男爵の言葉に、もう一回大きなため息を吐いたギードが立ち上がる。
「仕方ない。では取ってくる故少々お待ちを」
驚いた様子で揃ってギードを見ていたマイリー達に苦笑いして一礼したギードは、早足で部屋を出ていき、本当にすぐに戻ってきた。
その手にあるのはやや縦長の木製の箱で、机にそれを置いたギードは、蓋を開けて三本に分割されていたそれを手早く組み立てていった。
点々と筒の片側に等間隔で穴が空いているだけの、簡素な作りの縦笛だ。筒の片側部分が尖った形に細工されていて、そこが吹き口のようだ。
「へえ、縦笛は見た事がありますが、これは初めて見ますね」
興味津々でギードの手元を覗き込むカウリの言葉に、ギードはそれを差し出して見せる。
「大きさはいろいろございますが、これくらいの大きさの方が音が良いので好きなんですわい」
そう言って指の先で穴を塞ぎ、笛の先端部分をそっと咥えた。
息を吹き込むと、やや低めのなんとも言えない優しい音が部屋に響いた。
「へえ、これは良い音だ」
感心したようなカウリの言葉にギードも嬉しそうに笑う。
「冒険者をしておった頃には、もっと小さくて細い笛を携帯しておりました。これは、俺の友人が元々使っていた笛です。処分するには忍びなくて、ずっとギルドに預けていたものですわい。少し前にバルテン男爵から返してもらいましてな」
苦笑いしたギードがそう言ってそっと笛を撫でる。
「では、ドワーフ二人の下手な演奏をお聞きくだされ」
やや芝居がかった声でそう言って深々と一礼した二人は、打ち合わせも無しに演奏を開始した。
低いギードの笛の音に、バルテン男爵のヴィオラが重なる。
その初めて聴く独特のリズムと哀愁を帯びた物悲しい音の連なりに、レイはうっとりと目を閉じてただただ聞き惚れていた。
時に荒々しく、合間にはまた静かで哀愁を帯びた物悲しい音が重なる。
ヴィオラにこんな音が出せるのかとレイが密かに感心していると、一気に曲調が変わって明るい音が続いた。
二人が足でリズムを取り始めたのを見て、聞き役達もそれに手拍子で参加する。
明るい音が続いていてレイは不意に気が付いた。
今明るい調子で演奏されているのは、弾き初めの時と全く同じ音程なのだ。ただ曲調が変わっただけで曲がここまで変わるのかと驚いていると、また一転して最初の頃の哀愁を帯びた音に変わる。
最後に二人が揃って鳴らした長い音が消えた時、全員が笑顔で惜しみない拍手を贈ったのだった。
「ふむ、これは見事な演奏であったな。ドワーフ達の演奏が、蒼の森でまた聴ける日が来ようとはな」
満足そうなブルーの呟きに、ニコスのシルフ達だけでなく他の竜達の使いのシルフ達も嬉しそうに笑って拍手を贈っていたのだった。




