マイリーの将来?
「へえ、向こうにいた時は他が大きかったから全然大きく見えなかったけど、こうして見るとこの石板も案外大きかったんだね。えっと、ねえブルー、これは一晩ここに置いたままでいいの?」
皆と一緒に巨人の丘を撤収して石の家の上の草原まで戻って来たレイは、ブルーの背中から飛び降りてその胸元に取り付けた大きな石板を見ながらブルーにそう尋ねた。
「ああ、一晩くらいならこのままでも構わぬだろうさ。石板はノームとウィンディーネ達に守りをさせておく故、其方達は家へ戻りなさい」
目を細めたブルーの言葉に、レイも笑って頷く。
「分かった。じゃあひとまず下ろすね。シルフ、手伝って」
レイが一言そう言っただけで一瞬で大勢のシルフ達が現れ、あっという間にブルーの体に巻き付いたベルトを外して梱包した石板を地上に下ろし始める。
しかも、決して最後まで外してはいけない箇所はしっかりと守られていて、不要な箇所から順番に外している。
「おいおい、あの一言だけであそこまで完璧にシルフを働かせるのかよ」
「うわあ、すっげえ。レイルズはもう間違いなく俺達より精霊達の扱いは上だよなあ……」
自分達が手を出すまでもなく、あっという間に石板が地面に降ろされる様子を見ていたカウリとルークが、呆れた様子で半笑いになりながらそう言って顔を見合わせている。
「先輩の面目丸潰れだな」
そんな二人の横に立ったマイリーの言葉に、カウリとルークは笑うしかない。
「ええ、そう言うマイリーはどうなんですか?」
からかうように上目遣いでそう言ったルークの言葉をマイリーは鼻で笑い飛ばした。
「敵うわけないだろうが。相手は本物の天才だぞ」
「ああ、開き直った!」
笑ったカウリの叫びに、ルークとマイリーが揃って吹き出す。
「まあ、時には開き直る事も大事なんだよってな」
「素直に負けを認めろ」
腕を組んだマイリーの言葉に真顔のルークが突っ込み、もう一度吹き出したカウリはその場に膝から崩れ落ちた。
「これでよしっと。皆、お手伝いありがとうね」
ブルーの体から取り外した長いベルトを手慣れた様子で巻き取りながらそう言うと、手伝ったシルフ達は笑いながら次々にくるりと回って消えていった。
笑顔でそれを見送ってから、レイは改めてブルーを見上げる。
「えっと、ブルー達はまた夜は森の泉へ戻るんだよね?」
「ああ、もう一晩泉で過ごさせて、明日の朝戻ってくるよ。もう明日にはオルダムへ帰るのだろう?」
「うん、あっという間だったよ。でも、いつでも帰れるからね」
照れたように笑ったレイは、そう言って自分を覗き込むブルーの鼻先にそっとキスを贈った。
「じゃあ、戻るね。おやすみ。また明日ね!」
「ああ、ゆっくり休みなさい。また明日」
笑ったブルーはそう言うとゆっくりと翼を広げた。三頭の竜達もそれに倣う。
ゆっくりと上昇するブルーに続き、三頭の竜達もそれぞれの主に見送られて上昇していき、四頭の竜達は皆が見送る中を森の泉へ帰っていった。
「じゃあ、俺達も戻るか」
すっかり日が暮れた空を見上げたルークが荷物を持ちながら驚いた声を上げる。
「おお、凄い星だな。へえ、オルダムで見る星空より断然多いぞ。へえ、こんなに違うんだ」
改めて見上げた星空の美しさにルークが歓声を上げ、カウリとマイリーも空を見上げて驚いたように目を見開いた。
「確かに全く違うな。星の数が段違いだ。レイルズ、これはどういう事だ?」
不思議そうなマイリーの質問に、目を輝かせたレイが嬉しそうに空を見上げる。
「蒼の森の空は、とても空気が綺麗で澄んでいるからだよ。だからオルダムでは見えないごく小さな星々もここでは見えるの。以前説明した、大鷲座。覚えてる?」
「ああ、あれだろう。ここからこういって、そっちへ曲がって先が嘴」
マイリーが空に絵を描くように腕を動かしながら大鷲座をなぞる。
「うん、その大鷲座の胸の辺りに白っぽい塊があるのが分かる?」
「ああ、見えるな。あれは雲じゃあないのか?」
薄ぼんやりとした白っぽい塊を見ながら首を傾げるマイリーに、レイは目を輝かせて星雲の説明を始めた。
「えっと、それじゃあ夕食の後に天体望遠鏡を出すから見てみてください。星雲が、すごくたくさんの星の集まりなんだって事がよく分かるよ!」
「ああ、確か天体望遠鏡をシャムが届けていたな。あれって土産だったのか」
納得したルークの言葉にレイが笑顔で頷く。
「ほう、レイルズ様は天体がお好きなのですか?」
バルテン男爵の言葉に、近くにいたマイリーが笑って頷く。
「好きどころか、あいつは今、オルダムの大学で天文学を学んでいますよ」
驚きに目を見開くバルテン男爵を横目に見て、マイリーが嬉しそうに頷く。
「彼は本当に優秀ですよ。育て甲斐があるどころか、こちらが学ぶ事の方が多いくらいです」
「ああ、分かりますぞ。子供の頃から非常に優秀な子でしたから」
レイが竜人の子供の姿をしてブレンウッドに来ていた事を知っているバルテン男爵は、笑ってレイルズと初めて会った時に、彼が難題と言われる立体パズルや知恵の輪を易々と解いた話を始めた。
「ああ、その話は聞いた事がありますよ。成る程、元々頭が良かった訳だ。そういう子は、学ぶ機会さえ与えられれば最大限に知識を吸収して成長してくれますからね。いやあ末恐ろしいなあ」
「よろしいではありませんか。竜騎士隊の将来も安泰ですなあ」
「全くだ。俺が隠居して一日中陣取り盤で遊んでいられるようになる日も、それほど遠くないかもしれないなあ」
「マイリーが隠居なんて、絶対三日で飽きるからやめた方がいいと思うぞ」
笑ったルークの再びの突っ込みに、またしても横で聞いていたカウリが吹き出す。
「分かっていないなあルーク。人は、自分に出来ない事に憧れるんだよ」
「成る程。至言ですねえ。まあ出来る出来ないは別にして、誰しも望む権利くらいはあるでしょうからねえ」
「そうだな。望むのは自由だよなあ」
しみじみとしたマイリーの呟きに、横で聞いていたレイルズやタキス達も一緒になって揃って吹き出したのだった。




