レイルズからの贈り物
「ええとお掃除の道具は、タペストリーは、降誕祭の直前に交換するので今日は無しね。燭台の交換分は……今日は壁面の燭台を交換なのね。部品が全部入っているこの箱はちょっと重いけど、箱ごと持って行くっと」
クラウディアが、別の場所に置いてあるお掃除用のスモッグを取りに行ってくれている間に、ニーカは竜騎士隊の本部へお掃除に行く際に持って行く道具の確認を行なっていた。
基本的な掃除道具は向こうに置いてくれてあるが、燭台や飾りの交換用の部品や雑巾、お掃除用の服などはその都度持っていかなければならない。
忘れたからちょっと取りに戻る、と言うわけにはいかない場所なので、行く前の道具の確認は必須なのだ。
「はい、お待たせ。こっちがニーカの分よ。あら、持って行く分、全部確認してくれたの。ありがとうね」
二人分のスモッグと、雑巾の束を抱えたクラウディアが帰ってきて、すっかり準備が出来上がっているのを見て笑顔になった。
「役割分担よ。じゃあ、行きましょうか」
得意げに胸をそらして見せたニーカがそう言い、二人は顔を見合わせて笑い合った。
「ああ、良かった。まだいたわね。貴女達にお届け物よ。ちょっと来てくれるかしら」
荷物を抱えてさあ出かけようとした時、軽いノックの音がして倉庫の扉が開き、普段は事務所にいる事が多い小柄なヴェネリー僧侶様がそう言って手招きしていた。
「はい、ただいま」
揃って返事をした二人は、一旦荷物をそこに置いて、急いで僧侶の後に続いた。
「お届け物って何かしら?」
「公爵様が、また何か届けてくださったのかしら?」
彼女達の元には、後見人となっているディレント公爵様から時折荷物が届く。お願いして定期的に届けて頂いている糸や布などの裁縫道具以外にも、最近では山盛りのお菓子や果物などが届く事もあり、神殿の皆は、お裾分けを密かな楽しみにしているのだ。
ヴェネリー僧侶に案内されたのは、こう言った届け物などの際に使う小さな応接室だ。
もしかしたら、また彼女達にとっても友人であるポリティス商会のクッキーが来てくれているのかと密かに考えていたが、そこに待っていたのは初めて見る男性だった。
「お待たせいたしました。彼女達が受取人のクラウディアとニーカでございます」
立ち上がったその男性は、ヴェネリー僧侶の言葉に笑顔で深々と一礼した。
「初めてお目にかかります。ドルフィン商会のカミュと申します。竜騎士見習いのレイルズ様よりお届け物を預かって参りました」
その言葉に二人の目が揃って見開かれる。
「まあ、降誕祭も近いのに、わざわざお届けくださりありがとうございます」
慌てたようにクラウディアがそう言い、ニーカもそれに続く。
「では、こちらになりますので、どうぞご確認ください」
細長い箱をそれぞれの前に置かれて、クラウディアとニーカは一礼してからそれを受け取った。
「この箱って……もしかして帯飾りかしら?」
ニーカが小さくそう呟いてそっと小箱の蓋を開く。
「わあ、すっごく綺麗。ねえこれってルビーだわ!」
「私のもルビーの付いた帯飾りだわ。まあなんて綺麗……」
手に取ったとても豪華で華やかな帯飾りを見て。二人とも見惚れてしまって言葉が出てこない。
「お気に召したようで何よりです。もしも何か不具合などございましたら、いつでもお申し付けください」
笑顔で満足そうに頷いたカミュは、ヴェネリー僧侶に小さな書類を渡し、サインをもらってから改めて一礼して部屋を出ていった。
「二人とも、良い物を頂きましたね。レイルズ様に、きちんとお礼を言っておくのですよ。では、先にそれをお部屋に片付けてからお掃除に行ってくださいね。それでは私は事務所に戻りますね」
「ありがとうございました!」
揃ってお礼を言い、座っていたソファの埃を払い、応接室を簡単にお掃除してから二人は一旦部屋に戻った。
「これは、守り刀や皇太后様から頂いた帯飾りと一緒に片付けておくべきね。シルフ、これの守りもお願い」
部屋に戻ったニーカが小さな声でそう呟くと、部屋にある引き出しの一つをゆっくりと引いた。
引き出しの奥に置いてある、絹に包んだ守り刀や小袋に入れたサマンサ様から頂いた帯飾りと一緒に、レイから貰った帯飾りをそっと置いた。
『じゃあこれも守りをつけておくね』
クロサイトの使いのシルフが現れ、その言葉にシルフが一人ずつそれぞれの帯飾りの箱の上に座った。
『大切な品をこの場にて守るべし』
『許可なく第三者の手に渡すべからず』
重々しい声でクロサイトの使いのシルフがそう言い、帯飾りの入った小箱を軽く叩いた。
一瞬だけ小箱が光り、すぐに戻る。
『守るよ守るよ』
『大事なんだもんね』
座ったシルフ達も得意そうにそう言いながら笑っている。
「ありがとうね、スマイリー。やっぱり貴方は頼りになるわね。じゃあ、今から私達は本部のお掃除よ。お掃除が終わった後で厩舎にも顔を出すから待っていてね」
『うん、待ってるよニーカ』
嬉しそうに笑ったクロサイトの使いのシルフは、ニーカの頬にキスを贈ってすぐに消えてしまった。
「これでよし。それじゃあ、レイルズへのお礼は、彼が戻ってきた時でいいかしらね。きっとご家族と楽しく過ごしておられるだろうから邪魔しちゃあ悪いわよね」
少し考えたニーカの言葉に、クラウディアも笑いながら頷く。
「ええ、私もそう思っていたところよ。家族団欒のお邪魔をするのも申し訳ないものね。じゃあ、彼が帰ってきたら改めてお礼を言いましょうね」
顔を見合わせて頷き合った二人は、お掃除道具を取りに大急ぎでもう一度倉庫へ戻ったのだった。
『おやおや、彼女達がレイの所へ知らせをくれれば、森の家族達に彼女を紹介出来たものを。残念よのう』
『あはは、そうだね。今からでも、連絡するように言ったほうがいい?』
二人の会話を聞いたブルーのシルフの呟きに、隣で一緒に聞いていたクロサイトの使いのシルフも、面白そうに笑いながら手を叩いている。
『やめておけ。もしもそんな事を言うて、もっと遠慮して意固地になったらなんとするか』
『確かにそうだよね』
『巫女様は本当に欲がないよ』
『見ているこっちが心配になるくらいだもんねえ』
笑ったブルーの使いのシルフの言葉に、クロサイトの使いのシルフも笑いながらうんうんと頷き、お掃除道具を手に本部へ向かった彼女達の後を追っていったのだった。




