極小文字とその意味
「極小文字とは、古代文明末期に巨人族の末裔である巨人族としてはとても小さな者達が使っていた文字なんだ。とは言っても、我らに比べれば、はるかに大きな姿なのだがな。その為、当然だが文字自体も巨人族の中では格段に小さい。彼らは自分達の先祖である巨人族の遺跡を調べ、その内容を石板に刻んで残している。古代文字の解析自体が難しい我々にしてみれば、この極小文字は言ってみれば参考書のようなものなんだよ。大抵の場合、発見された遺跡に残されている古代文字の、いわば概要や要約が書かれているものなんだ」
「別の遺跡で発掘された極小文字では、その遺跡の中でも重要な部分の詳しい説明などもあった。だから極小文字は、たとえ一部であっても研究者にとっては宝に等しい存在なんだよ」
目を輝かせて極小文字について説明してくれるマイリーとバルテン男爵の言葉を、レイ達は揃って苦笑いしつつ聞いていたのだった。
「これは……何とかして包んでアンジーのベルトに取り付ければ、オルダムへ持って帰れないだろうか」
「ううむ、確かにこの大きさならば、竜が運んで下さるのであれば何とかなりそうですなあ」
「だが、これは勝手に持ち出して良いのだろうか?」
「そうですなあ。これ程の貴重なものを、個人が勝手に持ち出して良いのかどうか……」
謎の石板を前にして、マイリーとバルテン男爵が真剣な様子で悩み始める。
「えっと……」
二人の悩む様子を見て意味が分からずに戸惑うレイは、助けを求めるように頭上のブルーを見た。
しかし、レイの視線に笑ったブルーは、首を伸ばしてマイリー達に話しかけた。
「うむ、持ち帰りたいのならば我が運んでやる故、とにかく壊れぬように梱包するといい」
その言葉に、マイリーとバルテン男爵が揃って目を見開いてブルーを見上げた。
「持ち出してもよろしいのですか?」
二人の声が重なる。
「構わぬ。ここに解読可能な状態で残っているものは、あの円形天文台にあった文字と同じく、後世に残すべきものと彼らが考えたものだ。見つけたそれをどうするかは、今を生きる其方達が考えるべきものだよ」
意味深なその言葉に、真顔になるマイリー。
「ラピス。貴方はここに何が書いてあるのかご存知なのですね?」
それは確認に近い質問で、当然のように笑ったブルーが頷く。
「もちろん。人の子に知らせても良いと判断したから連れてきたのさ。頑張って今の言葉に翻訳しておくれ。知識と教養はいくらあっても邪魔にはならぬ。技術もまた然り」
面白がるようなその言葉に、マイリーとバルテン男爵は揃ってその場に跪いた。そして両手を握りしめて額に当てて深々とブルーに向かって頭を下げた。
「我ら人の子を信用してくださり心より感謝いたします。私、マイリー・バロウズは決してその信頼を裏切らぬ事を精霊王の名にかけてお誓い申し上げます」
マイリーの言葉に、バルテン男爵も同じ言葉を復唱した。
嬉しそうに喉の奥で笑ったブルーは、まだ頭を下げたままのマイリーとバルテン男爵の背中にそっと順番に鼻先を触れた。
「立ちなさい。アメジストの主、そしてドワーフの男爵。其方達の誓い確かに見届けた。精霊王に感謝と祝福を」
「ありがとうございます。では早速!」
顔を上げて立ち上がった二人は、目を輝かせてそう言うと、揃ってレイの側にある問題の石板を見た。それはそれは真剣な表情で。
「ルーク、カウリ、それにレイルズ。すまないが手伝ってもらえるだろうか」
しばらく考えたマイリーの申し訳なさそうな言葉に、ルーク達が驚いた顔でマイリーを見る。
「もちろん手伝いますよ」
「そんな改まってお願いされなくても、もちろん俺だって手伝いますよ。で、何をしたらいいんっすか?」
「もちろん僕もお手伝いしますよ!」
呆れたようにルークとカウリが笑って頷く。レイも、慌てたようにそう言って問題の石板を見た。
「僕にはよく分からないけど、これは何か大事なものなんでしょう? えっと、それならまずは装備品にある毛布を使って包めばいいかな? それから、ロープを使って運べるように結んで梱包しないとね」
目を輝かせたレイがそう言ってブルーの背中へ飛び乗る。もちろんベルトを引いて、シルフ達に助けてもらっての大跳躍だ。
「おお、お見事お見事。じゃあ俺の分も取ってきますね」
それを見て笑ったカウリが、面白がるように手を叩いてから自分の竜であるカルサイトのところへ走って行った。ルークとマイリーもそれを見て笑うと、急いでそれぞれ自分の竜のところへ走って行った。
遠征の際の基本装備の中には、野営用の敷布や毛布などが入っている。
全員の装備を持ち寄り、中から敷布と毛布を取り出す。それからロープの束も取り出した。
それからバルテン男爵とギード達も手伝い、手分けして文字の部分に毛布を一枚当てて保護してから分厚い敷布を使って周囲を包み、ロープを使ってしっかりと梱包した。
「ラピス。これでどうだろうか?」
「うむ、よかろう。では其方達は向こうの古代文字の残りを写してくるといい。急がねば日が暮れるぞ」
笑ったブルーの言葉に、マイリーとバルテン男爵が慌てて先ほど書き写していた石柱へ走って行くのを見て、ルーク達は揃って吹き出しのだった。
「じゃあ、他にも何か発見があるかもしれないから、俺達はもうちょっと見せてもらうとしようか」
ルークの言葉にカウリも笑って頷き、レイやタキス達も一緒になって少し離れた場所に転がる石の塊や、謎の文字の破片と思しき砕けた石を見て回ったりしていた。
「あの石板に書かれているのは、神殿の周囲に張り巡らせた水路の設計と、正面広場に造られた精霊達の協力を必要としない巨大な噴水の製造に関わる技術的な説明だ。既に失われた技術でもある。あれならば今の人の子達にはちょうど良い知識であろう。その知識を得た人の子がどんな美しい噴水を作ってくれるか、楽しみよのう」
静かなブルーの言葉に、三頭の竜達が驚いたようにブルーを見た。
今のオルダムのお城にある噴水を始め各地の神殿や一部の貴族達の庭などに設置されている噴水は、その全てが水の精霊であるウィンディーネの協力を必要としていて、彼女達の気まぐれで突然水が噴き出さなくなったり、水が止まって枯れてしまうような事も多々ある。
皆、噴水とはそんなものだと思っているので気にしていないが、そうではなく常に動かせて人が管理出来る噴水が造られれば間違い無く大人気となるだろう。
水が大好きで、噴水も好きな竜達は嬉しそうに喉を鳴らしながらそれぞれの主を見た。
「そうなのですね。ならば美しい大噴水が人の手で作られる日を楽しみに待つ事に致しましょう」
アメジストの嬉しそうな言葉に、ブルーも笑って大きく喉を鳴らしたのだった。




